履行遅滞及び履行不能(新法§412,412の2,413の2)
履行遅滞
変更点
旧法 | 新法 |
【412条】(履行期と履行遅滞) 2項:債務の履行について不確定期限があるときは,債務者は,その期限の到来したことを知った時から遅滞の責任を負う。 3項:債務の履行について期限を定めなかったときは,債務者は,履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う。 |
【412条】(履行期と履行遅滞) 2項:債務の履行について不確定期限があるときは,債務者は,その期限の到来した後に履行の請求を受けた時又はその期限の到来したことを知った時のいずれか早い時から遅滞の責任を負う。 3項:債務の履行について期限を定めなかったときは,債務者は,履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う。 |
説明
旧法では,債務者は不確定期限が到来したことを知った時から遅滞の責任を負う旨を規定しているだけでしたが(旧法§412Ⅱ),新法では,一般的な解釈に従い,債務者は,不確定期限が到来したことを知らなくとも,期限到来後に履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負うことが明定されました(新法§412Ⅱ)。
履行不能
変更点
旧法 | 新法 |
規定なし |
【412条の2】(履行不能) 2項:契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったことは,第四百十五条の規定によりその履行の不能によって生じた損害の賠償を請求することを妨げない。 |
説明
1 1項について
新法では,大判大正2年5月12日を踏まえ,債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは,債権者は,その債務の履行を請求することができない旨の履行不能に関する規定が新設されました(新法§412の2Ⅰ)。
2 2項について
また,原始的不能の場合であっても,債務不履行に基づく損害賠償請求をすることは妨げられない旨の規定も新設されました(新法§412の2Ⅱ)。これは,原始的不能の処理は,当事者の意思・評価に基づくリスク分配に依拠させればよいとの立場から,給付が原始的に不能であることを唯一の理由としては契約が無効にならないとの考え方を基礎に据えつつ,その代表的な法的効果として債務不履行を理由とする損害賠償,いわゆる履行利益の賠償を示したものです。旧法下で採用されていた,原始的不能の給付を目的とする契約は全面的に無効になるとの「原始的不能のドグマ」が新法では否定されたのです。
したがって,原始的不能の給付を目的とする契約であっても,当事者の意思・評価から有効とされる場合には,原始的不能を理由とする債権者の救済は,後発的履行不能の場合と同様の処理準則に服することになります。その結果,新法§415・416の下での履行利益の賠償と新法§542Ⅰ①・Ⅱ①による契約解除が債権者にとって中心的な救済手段となります。
履行遅滞等中の履行不能
変更点
旧法 | 新法 |
規定なし |
【413条の2】(履行遅滞中又は受領遅滞中の履行不能と帰責事由) 2項:(後述) |
説明
新法では,債務者がその債務について遅滞の責任を負っている間に,当事者双方の責めに帰することができない事由によって,その債務の履行が不能となったときは,その履行不能は債務者の責めに帰すべき事由によるものとみなす旨の規定が新設されました(新法§413の2Ⅰ)。
受領遅滞(新法§413,413の2)
変更点
旧法 | 新法 |
【413条】(受領遅滞) 債権者が債務の履行を受けることを拒み,又は受けることができないときは,その債権者は,履行の提供があった時から遅滞の責任を負う。 |
【413条】(受領遅滞) 2項:債権者が債務の履行を受けることを拒み,又は受けることができないことによって,その履行の費用が増加したときは,その増加額は,債権者の負担とする。 |
規定なし |
【413条の2】(履行遅滞中又は受領遅滞中の履行不能と帰責事由) 2項:債権者が債務の履行を受けることを拒み,又は受けることができない場合において,履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその債務の履行が不能となったときは,その履行の不能は,債権者の責めに帰すべき事由によるものとみなす。 |
説明
新法では,最判昭和40年12月3日及び一般的な解釈に従い,受領遅滞の効果が明定されました。具体的には,次のとおりです(新法§413,新法§413の2Ⅱ)。
履行の強制(新法§414)
変更点
旧法 | 新法 |
【414条】(履行の強制) 2項:債務の性質が強制履行を許さない場合において,その債務が作為を目的とするときは,債権者は,債務者の費用で第三者にこれをさせることを裁判所に請求することができる。ただし,法律行為を目的とする債務については,裁判をもって債務者の意思表示に代えることができる。 3項:不作為を目的とする債務については,債務者の費用で,債務者がした行為の結果を除去し,又は将来のため適当な処分をすることを裁判所に請求することができる。 4項:前三項の規定は,損害賠償の請求を妨げない。 |
【414条】(履行の強制) 2項:前項の規定は,損害賠償の請求を妨げない。 |
説明
旧法§414Ⅱ・Ⅲは,民法上からは削除され,民事執行§171Ⅰ各号へと移転されました。債務の履行を強制する具体的な方法に関する規定については民事執行法に一元的に定めるのが合理的であると考えられたためです。
債務不履行による損害賠償(新法§415,416,418,420)
変更点
旧法 | 新法 |
【415条】(債務不履行による損害賠償) 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは,債権者は,これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも,同様とする。 |
【415条】(債務不履行による損害賠償) 2項:前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において,債権者は,次に掲げるときは,債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。 |
【416条】(損害賠償の範囲) 2項:特別の事情によって生じた損害であっても,当事者がその事情を予見し,又は予見することができたときは,債権者は,その賠償を請求することができる。 |
【416条】(損害賠償の範囲) 2項:特別の事情によって生じた損害であっても,当事者がその事情を予見すべきであったときは,債権者は,その賠償を請求することができる。 |
【418条】(過失相殺) 債務の不履行に関して債権者に過失があったときは,裁判所は,これを考慮して,損害賠償の責任及びその額を定める。 |
【418条】(過失相殺) 債務の不履行又はこれによる損害の発生若しくは拡大に関して債権者に過失があったときは,裁判所は,これを考慮して,損害賠償の責任及びその額を定める。 |
【420条】(賠償額の予定) 2項:賠償額の予定は,履行の請求又は解除権の行使を妨げない。 3項:違約金は,賠償額の予定と推定する。 |
【420条】(賠償額の予定) 1項:当事者は,債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。 2項:賠償額の予定は,履行の請求又は解除権の行使を妨げない。 3項:違約金は,賠償額の予定と推定する。 |
説明
1 民§415―債務不履行による損害賠償
(1) 1項
ア 旧法では,債務不履行による損害賠償に関し,履行不能についてのみ,債務者に帰責事由がない場合には旧法§415後段に基づく責任を負わない旨が定められており,それ以外の債務不履行(履行遅滞,不完全履行等)については,債務者の帰責事由の有無を問わず,債務者は旧法§415前段に基づく責任を負わなければならないかのような規定ぶりでした(旧法§415)。
しかし,最判昭和61年1月23日は,履行不能以外の債務不履行についても同様に債務者に帰責事由がなければ旧法§415に基づく責任を負わないものと解していました。
そこで,新法では,かかる判例や一般的な解釈を踏まえ,履行不能とそれ以外の債務不履行とを区別することなく,債務者に帰責事由がなければ,債務者は債務不履行に基づく損害賠償責任を負わない旨定められました(新法§415Ⅰ)。
イ また,新法では,「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由」として,債務者の帰責事由に関する判断枠組みが明確化されています(新法§415Ⅰ但書)。これは,裁判実務において,帰責事由の有無が,問題となった債務に係る給付の内容や不履行の態様から一律に定まるのではなく,個々の取引関係に即して,契約の性質,契約の目的,契約の締結に至る経緯等の債務の発生原因となった契約に関する諸事情を考慮し,併せて取引に関して形成された社会通念をも勘案して判断されていることを反映したものです。
ウ さらに,債務者の帰責事由は,債務者がその不存在について主張立証責任を負う旨を明瞭にするための見直しが行われました(新法§415Ⅰ但書)。
(2) 2項―履行に代わる損害賠償請求(填補賠償請求)
旧法下では,明文規定はありませんでしたが,債務不履行があった場合に,債権者は,一定の要件を充足する場合には,債務の履行に代わる損害賠償請求をすることができると解されていました(填補賠償請求,最判昭和30年4月19日,東京地判昭和34年6月5日等)。
そこで,新法では,①履行不能,②確定的履行拒絶,③解除又は解除権の発生のいずれかに該当する場合には,債権者は債務の履行に代わる損害賠償請求をすることができることを明定しました(新法§415Ⅱ各号)。
なお,②の「債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示した」といえるためには,単に履行を拒んだというだけでは足りず,履行拒絶の意思がその後に翻されることが見込まれない程に確定的なものであることが必要です。
ちなみに,新法§415Ⅱは追完に代わる損賠賠償請求を射程に入れていません。
(3) 要件事実
ア 1項
イ 2項
2 民§416―損害賠償の範囲
新法では,旧法§416Ⅱの「予見し,又は予見することができた」との文言が,「予見すべきであった」との文言に改められました(新法§416Ⅱ)。これは,裁判実務において,特別の事情によって生じた損害が賠償の範囲に含まれるかどうかは,当事者がその特別の事情を実際に予見していたかどうかではなく,当事者がその事情を予見すべきであったといえるかどうかという規範的な評価によって決せられてきたという実態に合わせた改正です。
3 民§418―過失相殺
旧法では,過失相殺において考慮すべき事由として,債務不履行についての債権者の過失のみを規定していましたが(旧法§418),新法では,一般的な解釈に従い,損害の発生又は拡大についての債権者の過失も考慮すべき旨明定されました(新法§418)。
4 民§420―賠償額の予定
新法では,旧法§420Ⅰ後段で定めのあった「この場合において,裁判所は,その額を増減することができない。」との規定が削除されました。裁判実務においては,当事者間で損害賠償額を予定していたとしても,公序良俗違反等を理由に当該賠償額の増減が行われており,法律の規定が実態にそぐわなくなったためです。
なお,旧法§420Ⅰ後段が削除されたことによって,裁判所に予定された賠償額を無視して自由に賠償額を認定する権利が与えられたと解されることはありません。
裁判所は,あくまで当事者の合意が原則として有効であることを前提に,公序良俗違反等の例外的な場合にのみ賠償額の減額を行うことができるにとどまります。
代償請求権(新法§422の2)
変更点
旧法 | 新法 |
規定なし | 【422条の2】(代償請求権) 債務者が,その債務の履行が不能となったのと同一の原因により債務の目的物の代償である権利又は利益を取得したときは,債権者は,その受けた損害の額の限度において,債務者に対し,その権利の移転又はその利益の償還を請求することができる。 |
説明
旧法には,代償請求権に関する規定は設けられていませんでしたが,最判昭和41年12月23日では,債務の履行が不能となったのと同一の原因によって債務者がその債務の目的物の代償である権利又は利益を取得した場合に,債権者がその権利の移転又は利益の償還を債務者に対して求めることができるという権利(代償請求権)を認めていました。そこで,新法では,代償請求権が明文化されました(新法§422の2)。
要件事実
確認問題〔債務不履行の責任等〕
新法に基づいて回答してください!(全5問)