【2020年民法改正】賃貸借②―修繕・賃料減額・契約解除等【勉強ノート】

賃借物の修繕

修繕義務の例外

旧法 新法

【606条】(賃貸物の修繕等)
1項:賃貸人は,賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。

2項:賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは,賃借人は,これを拒むことができない。

【606条】(賃貸人による修繕等)
1項:賃貸人は,賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。 ただし,賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは,この限りでない。

2項:賃貸人が賃貸物の保存に必要な行為をしようとするときは,賃借人は,これを拒むことができない。

 原則として,賃貸人は,賃貸物の修繕義務を負います(新法§606Ⅰ本文)。

 しかし,新法では,賃貸人と賃借人の公平を図る観点から,賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは,例外的に賃貸人は修繕義務を負わない旨明文化されました(同項但書)。

 このように賃貸人の修繕義務の例外がデフォルトルールとして整備されたことにより,賃貸借契約における修繕の規定が明確でない場合に,賃貸人と賃借人との間の紛争を予防・解決する指針となることが期待されるとともに,上記例外を契約書にも盛り込むことが促進されると考えられます。

 賃借人の帰責事由により修繕が必要となった場合に賃貸人の修繕義務を免除するとの例外規定は,基本的に賃貸人にニーズのある規定なので,賃貸人側がこの例外規定を契約書に盛り込もうとすると予想されます。

 その場合,単に新法§612Ⅰ但書の内容どおりの規定を設けるだと,賃借人が主導的に修繕をすることになってしまいます。

 もし賃貸人が修繕に関して自らのコントロールを及ぼしたいのであれば,賃貸人としては,賃借人の帰責事由によって修繕が必要となった場合に,賃貸人の側で修繕をするために必要となる費用を事前又は事後に賃借人に請求するか,賃借人に対して修繕を行うよう請求するかを賃貸人が選択できるようにする規定を設けるかを検討すべきです。

賃借人が修繕をすることができる場合

旧法 新法
規定なし 【607条の2】(賃借人による修繕)
賃借物の修繕が必要である場合において,次に掲げるときは,賃借人は,その修繕をすることができる。
一   賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し,又は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず,賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき。
二   急迫の事情があるとき。

 賃借物の修繕をするのは原則として賃貸人ですが(新法§606),賃借人保護の見地から,例外的に賃借人が賃借物を修繕することができる場合が明文化されました(新法§607の2)。

 その例外的場合は,次の場合です。

  • 賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し,又は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず,賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしない場合
  • 急迫の事情がある場合

 これら例外的場合に該当し,賃借人が修繕を行った場合であって,当該修繕につき賃貸人が修繕義務を負っていたときは(新法§606Ⅰ),賃借人は,賃貸人に対し,必要費の償還を請求することができます(新法§608Ⅰ)。

 以上のように例外的に賃借人が修繕権限を行使できる場合がデフォルトルールとして整備されたことにより,賃貸借契約における修繕の規定が明確でない場合に,賃貸人と賃借人との間の紛争を予防・解決する指針となることが期待されるとともに,上記例外を次のように契約書にも盛り込むことが促進されると考えられます。

第●条(増改築の禁止等)
 (省略)
 賃借人は,賃貸人の事前の書面による承諾を得ずに,次の行為をしてはならない。
(1)(2) (省略)
(3) 本件工作物の躯体部分に修繕をし,又は壁,床若しくは天井に大規模な修繕をすること。
(4)(5) (省略)
 賃借人は,本件工作物につき前項第3号以外の修繕をしようとする場合には,賃貸人に対し,当該修繕を行う1か月前までに,当該修繕内容を書面で通知しなければならない。
 前二項にかかわらず,賃借人は,本件工作物の修繕が必要である場合において,急迫の事情があるときは,その修繕をすることができるほか,その修繕が賃貸人の負担に属するものであるときは,その修繕をするために必要となる費用を事前に若しくは事後に賃貸人に請求することができる。

 賃借人が修繕権限を行使できるとの例外規定を盛り込むのであれば,上記条項記載例のように,賃借人が賃貸人に対して修繕費用を求償することができる旨の規定も忘れないようにしたいところです。

 さらに,賃貸人が,賃借人が修繕権限を行使して修繕を行う場合に,賃借人に対し,その報告を求めることを希望する場合には,賃借人に対し,修繕開始後,速やかに修繕を開始した旨の通知を賃貸人にするよう求める規定を盛り込むことが考えられます。

賃料の減額

減収による賃料減額請求

旧法 新法
【609条】(減収による賃料の減額請求)
収益を目的とする土地の賃借人は,不可抗力によって賃料より少ない収益を得たときは,その収益の額に至るまで,賃料の減額を請求することができる。ただし,宅地の賃貸借については,この限りでない。
【609条】(減収による賃料の減額請求)
耕作又は牧畜を目的とする土地の賃借人は,不可抗力によって賃料より少ない収益を得たときは,その収益の額に至るまで,賃料の減額を請求することができる。
【610条】(減収による解除)
前条の場合において,同条の賃借人は,不可抗力によって引き続き二年以上賃料より少ない収益を得たときは,契約の解除をすることができる。
【610条】(減収による解除)
前条の場合において,同条の賃借人は,不可抗力によって引き続き二年以上賃料より少ない収益を得たときは,契約の解除をすることができる。

 新法では,減収による賃料減額請求を行うことができる土地の範囲について,「収益を目的とする」「宅地」以外の土地から,「工作又は牧畜を目的とする土地」に縮小されました(新法§609)。

 新法§609及び新法§610は,農地法によって保護されない範囲をカバーするために存続させられた規定といわれていますが,詳細は割愛します。

使用収益一部不能による賃料減額

旧法 新法

【611条】(賃借物の一部滅失等による賃料の減額請求等)
1項:賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは,賃借人は,その滅失した部分の割合に応じて,賃料の減額を請求することができる。

2項:(省略)

【611条】(賃借物の一部滅失等による賃料の減額等)
1項:賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において,それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは,賃料は,その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて,減額される。

2項:(省略)

賃料減額事由の拡張

 新法§611Ⅰでは,賃料減額事由が「賃借物の一部が滅失したとき」から「賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合」に拡張されました。

 賃料は使用収益の対価であり,使用収益一部不能に陥っておれば賃料も当然減額されると考えるのが合理的であるところ,使用収益一部不能は賃借物の一部が滅失した場合に限られないからです。

 また,「賃借人の過失によらないで」との文言が,「それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは」に変更されていますが,この変更については,特に内容面での変更はありません。

効果

 さらに,前記の賃料減額事由が認められた場合,賃料減額請求権の発生から,賃料額の当然減額に変更されました(新法§611Ⅰ)。

 前述のとおり,賃料は使用収益の対価であり,使用収益一部不能に陥っておれば賃料も当然減額されると考えるのが合理的だからです。

 なお,旧法下でも,賃料減額請求がされると,一部滅失の時点に遡って賃料減額の効果が生じると解されていたため,実質的にみて,効果面において大きな違いはないといってよいと思います。

契約書レビュー

 賃料減額に関する条項があるとき,例えば,次のような観点から,条項の修正を検討することが考えられます。

  • 賃料を減額することとなる理由としてどのようなものを定めるか。
  • 条項の効果を当然減額とするか,請求減額とするか。
  • 賃借物の重要部分の使用収益が可能である限り,賃料減額を一切しないこととするか。
  • 新法§611Ⅰの適用を排除した上で,別途協議を求めることができることとするか。

一部不能による契約解除/全部不能による契約終了

使用収益一部不能による契約解除

旧法 新法

【611条】(賃借物の一部滅失等による賃料の減額請求等)
1項:賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは,賃借人は,その滅失した部分の割合に応じて,賃料の減額を請求することができる。

2項:前項の場合において,残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは,賃借人は,契約の解除をすることができる。

【611条】(賃借物の一部滅失等による賃料の減額等)
1項:(省略)

2項:賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において,残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは,賃借人は,契約の解除をすることができる。

 旧法§611Ⅱは,賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失した場合において,残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは,賃借人は,契約の解除をすることができる旨定めています。

 これを反対解釈すると,賃借物の一部が賃借人の過失によって滅失した場合は,残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときであっても,賃借人は,契約の解除をすることができないということになります。

 しかし,賃借人が賃借の目的を達成することができない以上,賃借人に帰責事由があっても賃貸借を終了させることが相当です。

 そこで,新法§611Ⅱは,賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において,残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは,当該使用収益一部不能が賃借人の帰責事由によるかどうかを問わず,賃借人は,契約の解除をすることができるとしています。

使用収益全部不能による賃貸借の終了

旧法 新法
規定なし 【616条の2】(賃借物の全部滅失等による賃貸借の終了)
賃借物の全部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合には,賃貸借は,これによって終了する。

 最判昭和32年12月3日に従い,「賃借物の全部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合には,賃貸借は,これによって終了する。」との規定が新設されました(新法§616の2)。

 したがって,賃借物の全部について使用収益が不能になった場合には,当該賃貸借は当然に終了します

契約書レビュー

 以上の新法§611Ⅱ及び新法§616の2における改正事項を,次のように契約書に反映させることが考えられます。

  • 解除事由を「賃借物の一部が滅失したとき」から「賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合」に拡張する。
  • 賃借物の使用収益一部不能により,残存部分のみでは契約目的を達成できない場合において,賃借人が契約の解除をするにあたり,当該使用収益一部不能についての賃借人の帰責事由を不問にする。
  • 賃借物の全部について使用収益が不能になった場合には,当該賃貸借は当然に終了する旨定める新法§616の2に関する条項を追加する。

原状回復義務・収去義務

原状回復義務

旧法 新法

【616条】(使用貸借の規定の準用)
第五百九十四条第一項,第五百九十七条第一項及び第五百九十八条の規定は,賃貸借について準用する。

【598条】(借主による収去)
借主は,借用物を原状に復して,これに附属させた物を収去することができる。

【621条】(賃借人の原状回復義務)
賃借人は,賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において,賃貸借が終了したときは,その損傷を原状に復する義務を負う。ただし,その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは,この限りでない。

変更点

 旧法§616は,旧法§598を準用していますが,同条が借主の原状回復義務を定めたものかどうかは条文上明確ではありませんが,一般に,賃借人は,賃借物受領後に当該賃借物を損傷させた場合,それが通常損耗や経年劣化でない限り,賃貸借終了時,当該損傷を原状に復する義務を負うと解されていました。

 そこで,新法では,この一般的解釈を明文化することにしました(新法§621本文)。

 ただし,当該損傷が借主の帰責事由によらない場合は,借主は原状回復義務を負いません(同条但書)。

要件事実

収去義務

旧法 新法
規定なし

【622条】(使用貸借の規定の準用)
第五百九十七条第一項,第五百九十九条第一項及び第二項並びに第六百条の規定は,賃貸借について準用する。

【599条】
1項:借主は,借用物を受け取った後にこれに附属させた物がある場合において,使用貸借が終了したときは,その附属させた物を収去する義務を負う。ただし,借用物から分離することができない物又は分離するのに過分の費用を要する物については,この限りでない。

2項・3項:(省略)

変更点

 旧法には,附属物の収去義務について定めた条文はありませんでした。

 しかし,旧法下でも,借主が借用物の引渡しを受けた後,これに物を附属させた場合,使用貸借終了時,借主は当該附属物の収去義務を負うと解されていました。

 そこで,新法では,この一般的な解釈に従い,借主は,借用物受領後,これに附属させた物がある場合,使用貸借終了時,当該附属物を収去する義務を負う旨の規定が新設されました(新法§622・§599Ⅰ本文)。

 ただし,「借用物から分離することができない物又は分離するのに過分の費用を要する物については,」貸主は借主に対して収去義務の履行を請求することができない旨の規定も併せて設けられています(同項Ⅰ但書)。

 なお,このような場合でも,収去義務の履行不能について借主に帰責事由があり,附属物によって目的物の客観的な価値が低減したときは,その損害の賠償請求をすることが可能です(新法§412の2Ⅱ参照)。

要件事実

契約書レビュー

 敷金に関する改正事項は,旧法下での判例実務や一般的な解釈を踏まえたものなので,基本的に契約書の条項を見直す必要はないと考えられます。

用法違反による損害賠償請求権の消滅時効の完成猶予

旧法 新法

【621条】(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限)
第六百条の規定は,賃貸借について準用する。

【600条】(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限)
契約の本旨に反する使用又は収益によって生じた損害の賠償及び借主が支出した費用の償還は,貸主が返還を受けた時から一年以内に請求しなければならない。

【622条】(使用貸借の規定の準用)
第五百九十七条第一項,第五百九十九条第一項及び第二項並びに第六百条の規定は,賃貸借について準用する。

【600条】(損害賠償及び費用の償還の請求権についての期間の制限)
1項:契約の本旨に反する使用又は収益によって生じた損害の賠償及び借主が支出した費用の償還は,貸主が返還を受けた時から一年以内に請求しなければならない。

2項:前項の損害賠償の請求権については,貸主が返還を受けた時から一年を経過するまでの間は,時効は,完成しない。

 旧法では,借主の用法違反による貸主の損害賠償請求権について,賃貸借契約期間中に用法違反があり,それから使用貸借が終了することなく10年間が経過した場合,その後,貸主が借主から目的物の返還を受け,用法違反の存在に気付いても,当該損害賠償請求権は時効消滅しているため(旧法§167Ⅰ),貸主はもはや損害賠償を請求することができないことになっていました。

 このように賃貸借の期間が長期にわたり,借主が用法違反をした時から10年以上経過しても賃貸借が存続しているような場合は,目的物が借主の管理下にあるため,貸主が目的物の状況を把握することができないうちに消滅時効が完成してしまい,目的物の返還を受けて損害賠償請求をしようとしても,請求権自体が時効により消滅してしまっているという不合理な事態が生じかねません。

 そこで,新法では,貸主保護の観点から,借主の用法違反による貸主の損害賠償請求権については,貸主が返還を受けた時から1年を経過するまでは,消滅時効の完成を猶予する旨の規定が新設されました(新法§622・§600Ⅱ)。

確認問題〔賃貸借②―修繕・賃料減額・契約解除等〕

新法に基づいて回答してください!(全4問)

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