【2020年民法改正】賃貸借⑤―賃貸不動産の譲渡等【勉強ノート】

不動産賃貸借の対抗力

旧法 新法
【605条】(不動産賃貸借の対抗力)
不動産の賃貸借は,これを登記したときは,その後その不動産について物権を取得した者に対しても,その効力を生ずる
【605条】(不動産賃貸借の対抗力)
不動産の賃貸借は,これを登記したときは,その不動産について物権を取得した者その他の第三者対抗することができる

 まず,新法§605では,旧法§605の「その後」との文言が削除されています。

 これは,最判昭和42年5月2日を踏まえ,不動産賃貸借の登記の後に,当該不動産について物権を取得した第三者に限らず,賃貸借の登記の前に既に当該不動産についての物権を取得している第三者との優劣も対抗要件の具備の先後で決定することを明らかにする趣旨です。

 また,新法§605では,「その他の第三者」という文言が追加されています。

 これは,旧法§605において,対抗することができる相手方として挙げられている「物権を取得した者」には,不動産を二重に賃借した者,不動産を差し押さえた者も含まれるとの旧法下での一般的な解釈を条文上明確にする趣旨です。

 さらに,旧法§605の「効力を生ずる」との文言を「対抗することができる」に改めています。

 これは,第三者に対する賃借権の対抗の問題と,第三者への賃貸人たる地位の移転の問題を区別し,前者を新法§605で,後者を新法§605の2でそれぞれ規律する趣旨です。

対抗要件の具備された賃貸不動産の譲渡

旧法 新法
規定なし

【605条の2】(不動産の賃貸人たる地位の移転)
1項:前条,借地借家法(平成三年法律第九十号)第十条又は第三十一条その他の法令の規定による賃貸借の対抗要件を備えた場合において,その不動産が譲渡されたときは,その不動産の賃貸人たる地位は,その譲受人に移転する。

2項:前項の規定にかかわらず,不動産の譲渡人及び譲受人が,賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨及びその不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をしたときは,賃貸人たる地位は,譲受人に移転しない。この場合において,譲渡人と譲受人又はその承継人との間の賃貸借が終了したときは,譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は,譲受人又はその承継人に移転する。

3項・4項:(省略)

賃貸不動産の譲渡による賃貸人たる地位の移転と留保(1項・2項)

 大判大正10年5月30日に従い,賃貸借の対抗要件を備えた賃貸不動産が譲渡されたときは,原則として,賃貸人たる地位は譲渡人から譲受人に移転する旨明文化されました(新法§605の2Ⅰ)。

 もっとも,不動産の流動化事業等において,所有不動産を信託銀行等に信託譲渡し,当該不動産から発生する賃料収入等を受け取る権利(信託受益権)を売買する取引が行われています。

 このような取引において,賃貸人たる地位を譲渡人に留保しておくニーズがあるといわれています。すなわち,信託の受託者が修繕義務や費用償還義務等の賃貸人としての義務を負わないようにしたい場合,信託の受託者が委託者等に対して賃貸管理を委託するだけでは足りず,賃貸人たる地位を委託者に留保しておく必要があるといわれています。

 しかし,その際,賃貸人たる地位が当然に移転するとの前掲判例を前提として,多数の賃借人から個別に賃貸人たる地位を留保することについての同意を得ており,これに多大な労力を要していたため,資産の流動化等の足枷になっていました。

 そこで,この度の改正では,賃貸人たる地位を譲渡人に留保できるようにする枠組みを設ける方向で検討されました。

 この点,留保の要件として,譲渡人と譲受人の間で,賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨の合意がなされておれば十分かというと,そういうわけにもいきません(最判平成11年3月25日参照)。

 というのも,旧法の規定では,譲渡人に賃貸人の地位を留保したまま賃貸不動産の所有権のみを移転させると,賃借人は所有権を失った旧所有者(譲渡人)との間で転貸借の関係に立つこととなり,その後,新所有者と旧所有者との間の法律関係が債務不履行解除等によって消滅すると(旧所有者の賃貸人たる地位の消滅),賃借人は新所有者からの明渡請求等に応じなければならないことになってしまいます。

 そこで,賃貸人の地位の留保を認めるにあたっては,自らの意思とは無関係に転借人と同様の地位に立たされることとなる賃借人の不利益に配慮する必要があるのです。

 こうした問題に対処するため,新法では,譲渡人と譲受人との間で,譲渡人を借主,譲受人を貸主とする賃貸借の合意をすることを要求し,さらに,譲渡人と譲受人又はその承継人との間の賃貸借が終了したときは,譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は,譲受人又はその承継人に移転する旨の規定を新設することにしました。

 以上の議論を踏まえ,新法では次のような定めが設けられました。

  • 譲渡人及び譲受人が,❶賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨及び❷その不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をしさえすれば,例外的に,賃貸人たる地位は,譲受人に移転しません(新法§605の2Ⅱ前段)
  • そして,譲渡人と譲受人又はその承継人との間の賃貸借が終了したときは,譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は,譲受人又はその承継人に移転します(同項後段)

賃貸人たる地位の移転を賃借人に対抗するための要件(3項)

旧法 新法
規定なし

【605条の2】(不動産の賃貸人たる地位の移転)
1項・2項:(省略)

3項:第一項又は前項後段の規定による賃貸人たる地位の移転は,賃貸物である不動産について所有権の移転の登記をしなければ,賃借人に対抗することができない。

4項:(省略)

 新法§605の2Ⅲでは,最判昭和49年3月19日に従い,対抗要件を備えた賃貸不動産の譲渡による賃貸人たる地位の移転は,その不動産について所有権の移転の登記をしなければ,賃借人に対抗することができない旨を明文化しています。

 ちなみに,新法§605の2Ⅱ後段に基づく賃貸人たる地位の移転についても,賃貸不動産の譲渡に係る所有権の移転の登記がなければ,賃借人に対抗することができないことには注意が必要です。

賃貸人たる地位の移転と敷金返還債務・費用償還債務(4項)

旧法 新法
規定なし

【605条の2】(不動産の賃貸人たる地位の移転)
1~3項:(省略)

4項:第一項又は第二項後段の規定により賃貸人たる地位が譲受人又はその承継人に移転したときは,第六百八条の規定による費用の償還に係る債務及び第六百二十二条の二第一項の規定による同項に規定する敷金の返還に係る債務は,譲受人又はその承継人が承継する。

 最判昭和44年7月17日を踏まえ,賃貸不動産の譲渡により賃貸人たる地位が移転した場合における費用償還に係る債務及び敷金返還に係る債務については,譲受人(承継があった場合には,承継人)に承継される旨明文化されました(新法§605の2Ⅳ)。

 もっとも,賃貸不動産の新所有者に移転する敷金の範囲について,敷金全額が移転するのか,それとも旧所有者の未払賃料等に敷金を充当した残額が移転するのかは,引き続き解釈・運用又は個別の合意に委ねられます。

 最判昭和44年7月17日は,敷金の移転範囲について,旧所有者の下で生じた未払賃料等の弁済に敷金が充当された後の残額についてのみ敷金返還債務が新所有者に移転すると述べていますが,実務では,そのような充当をしないで全額の返還債務を新所有者に移転させることも多いからです。

賃貸借の対抗要件不具備の賃貸不動産が譲渡された場合における賃貸人たる地位の移転

旧法 新法
規定なし 【605条の3】(合意による不動産の賃貸人たる地位の移転)
不動産の譲渡人が賃貸人であるときは,その賃貸人たる地位は,賃借人の承諾を要しないで,譲渡人と譲受人との合意により,譲受人に移転させることができる。この場合においては,前条第三項及び第四項の規定を準用する。

 最判昭和46年4月23日を踏まえ,賃貸借の対抗要件を備えていない賃貸不動産が譲渡された場合には,賃貸不動産の譲渡人と譲受人との合意により,賃借人の承諾を要しないで,賃貸人たる地位を移転することができる旨明文化されました(新法§605の3前段)。

 ちなみに,賃貸借の対抗要件を備えている賃貸不動産が譲渡された場合については,当該譲渡により,原則として,当然に賃貸人たる地位が譲渡人から譲受人へと移転するため(新法§605の2Ⅰ),譲渡人と譲受人の間における賃貸人たる地位移転の合意も不要です。

 なお,新法§605の3後段が新法§605の2Ⅲを準用しているため,譲渡対象の賃貸不動産について所有権移転の登記をしなければ,賃貸人たる地位を賃借人に対抗することができませんし,また,新法§605の3後段は新法§605の2Ⅳも準用しているため,賃貸不動産の譲渡により賃貸人たる地位が移転した場合における費用償還に係る債務及び敷金返還に係る債務については,譲受人(承継があった場合には,承継人)に承継されます。

対抗要件を備えた賃借人による妨害停止請求・返還請求

旧法 新法
規定なし 【605条の4】(不動産の賃借人による妨害の停止の請求等)
不動産の賃借人は,第六百五条の二第一項に規定する対抗要件を備えた場合において,次の各号に掲げるときは,それぞれ当該各号に定める請求をすることができる。
一   その不動産の占有を第三者が妨害しているときその第三者に対する妨害の停止の請求
二  その不動産を第三者が占有しているときその第三者に対する返還の請求

 最判昭和28年12月18日に従い,対抗要件を備えた不動産の賃借人は,不動産の占有を妨害している第三者に対して妨害の停止を請求することができ,また,不動産を占有している第三者に対して当該不動産の返還を請求することができる旨明文化されました(新法§605の4)。

 本条は,サブリース事業において,賃貸不動産に不法占拠者がいるような場合に,当該不動産の所有者ではないサブリース会社が不法占有者による妨害や占有を自ら排除しようとする際に真価を発揮します。

 なお,新法§605の4の適用の基準時は,賃貸借契約締結日ではなく,賃借不動産の占有を第三者が妨害し,又は賃借不動産を第三者が占有した時点です。

 したがって,ある不動産についての賃貸借契約が締結されたのが,新法施行日である2020年4月1日より前であっても,同日以降に賃借人による当該不動産の占有が第三者によって妨害されるなどしておれば,当該賃借人は新法§605の4に基づいて当該第三者に対して妨害停止等の請求をすることができます(附則§34Ⅲ)。

関連ページ

 最後に,賃貸借契約と関連性が強い改正事項として,「保証」に関する改正が挙げられるため,掲載しておきます。

確認問題〔賃貸借⑤―賃貸不動産の譲渡〕

新法に基づいて回答してください!(全3問)

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