心裡留保(新法§93)
変更点
旧法 | 新法 |
【93条】(心裡留保) 意思表示は,表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても,そのためにその効力を妨げられない。ただし,相手方が表意者の真意を知り,又は知ることができたときは,その意思表示は,無効とする。 |
【93条】(心裡留保) 2項:前項ただし書の規定による意思表示の無効は,善意の第三者に対抗することができない。 |
説明
1 1項について
「表意者の真意」との文言が,「その意思表示が表意者の真意ではないこと」との文言に変更されています。これは,表意者の真意がどのようなものであるかを具体的に知らなくても,その意思表示が真意と異なることを相手方が知っていれば,相手方を保護する必要性が乏しいことから,その旨を明定したものです。
2 2項について
第三者保護規定が新設されました。従来は,民§94Ⅱを類推適用することにより,第三者保護を図っていましたが(最判昭和44年11月14日),改正後は,民§93Ⅱにより保護が図られることになります。
要件事実
錯誤(新法§95)
変更点
旧法 | 新法 |
【95条】(錯誤) 意思表示は,法律行為の要素に錯誤があったときは,無効とする。ただし,表意者に重大な過失があったときは,表意者は,自らその無効を主張することができない。 |
【95条】(錯誤) 2項:前項第二号の規定による意思表示の取消しは,その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り,することができる。 3項:錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には,次に掲げる場合を除き,第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。 4項:第一項の規定による意思表示の取消しは,善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。 |
説明
1 要件の明確化
法律行為の「要素」に錯誤があるとの文言が,「その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるとき」との文言に変更されています。これは,従前,「要素」の意義について,❶表意者自身がその意思表示をしないであろうと認められるほどに錯誤と意思表示との間に因果関係があり,かつ,❷通常人であっても意思表示をしなかったであろうと認められるほどにその錯誤が客観的に重要である場合と解していた判例法理(大判大正3年12月15日,大判大正7年10月3日)を条文上も明確にするためであり,民§95に関する従前の運用に変更をもたらすものではありません。
2 動機の錯誤の特則の新設
新法§95Ⅰ②及びⅡにおいて,動機の錯誤の特則が新設されました。これも従前の判例法理(最判昭和29年11月26日等)を踏まえたものです。
なお,新法下でも,「表示」には,黙示の表示も含まれていると解されています。
3 錯誤の効果
旧法においては,錯誤の効果を「無効」としていましたが,新法では,「取消し」に変更されています。判例(最判昭和40年9月10日)が,錯誤による意思表示の無効は原則として表意者のみが主張することができるとしていたこと,より表意者の帰責性が乏しい詐欺について意思表示の効力を否定することができる期間は「取消し」であるため制限されていたこと(民§126)とのバランスが考慮されたものとされています。
4 表意者に重過失がある場合の例外規定の新設
旧法では,表意者に重過失がある場合には,錯誤による意思表示の効力を否定することができないとされていましたが(旧法§95但),新法では,錯誤が表意者の重過失による場合であっても,❶相手方が表意者に錯誤があることを知り,又は重大な過失によって知らなかったとき,あるいは,❷相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたときは,例外的に錯誤による意思表示の効力を否定することができるとされています(新法§95Ⅲ各号)。これらの場合,相手方保護の必要性が小さいからです。
5 第三者保護規定の新設
従前は,民§96Ⅲを類推適用するなどにより,第三者の保護を図ろうとしていましたが,この度,善意・無過失の第三者を保護する規定が新設されました。
虚偽表示者に比べれば,錯誤による表意者の方が帰責性が小さいため,第三者保護の要件として第三者が無過失であったことまで要求しています(虚偽表示者によって作出された虚偽の外観を信頼した第三者は善意であれば保護されることとの対比)。
要件事実
詐欺(新法§96)
変更点
旧法 | 新法 |
【96条】(詐欺又は強迫) 2項:相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては,相手方がその事実を知っていたときに限り,その意思表示を取り消すことができる。 3項:前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは,善意の第三者に対抗することができない。 |
【96条】(詐欺又は強迫) 2項:相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては,相手方がその事実を知り,又は知ることができたときに限り,その意思表示を取り消すことができる。 3項:前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは,善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。 |
説明
1 第三者詐欺
第三者による詐欺の事実を知ることができたのに知らなかった法律行為の相手方の信頼が保護に値するとは言い難いことから,相手方保護の要件として相手方の無過失まで要求されることとなりました(新法§96Ⅱ)。
2 第三者保護規定
虚偽表示者に比べれば,被詐欺者の帰責性が小さいことから,新法では,第三者保護要件として第三者の無過失まで要求することを明らかにしました(新法§96Ⅲ)(虚偽表示者によって作出された虚偽の外観を信頼した第三者は善意であれば保護されることとの対比)。
要件事実
意思表示の効力(新法§97,98の2)
変更点
旧法 | 新法 |
【97条】(隔地者に対する意思表示) 2項:隔地者に対する意思表示は,表意者が通知を発した後に死亡し,又は行為能力を喪失したときであっても,そのためにその効力を妨げられない。 |
【97条】(意思表示の効力発生時期等) 2項:相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたときは,その通知は,通常到達すべきであった時に到達したものとみなす。 3項:意思表示は,表意者が通知を発した後に死亡し,意思能力を喪失し,又は行為能力の制限を受けたときであっても,そのためにその効力を妨げられない。 |
規定なし | 【98条の2】(意思表示の受領能力) 意思表示の相手方がその意思表示を受けた時に意思能力を有しなかったとき又は未成年者若しくは成年被後見人であったときは,その意思表示をもってその相手方に対抗することができない。ただし,次に掲げる者がその意思表示を知った後は,この限りでない。 一 相手方の法定代理人 二 意思能力を回復し,又は行為能力者となった相手方 |
説明
1 民§97
旧法では,隔地者に対する意思表示についてのみその効力発生時期に関して規律を設けていました。しかし,対話者に対する意思表示の場合でも,その効力発生時期が問題となり得ること,隔地者と対話者とで意思表示の効力発生時期を区別する合理的理由・実益がないことから,新法では,両者を区別することなく,効力発生時期を相手方への通知到達時とする旨の規定を設けました(新法§97Ⅰ)。
また,新法では,表意者と相手方との公平の見地から,相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたときは,その通知は,通常到達すべきであった時に到達したものとみなす旨の規定を新設しました(新法§97Ⅱ)。
2 新法§98の2
新たに意思能力に関する規定を設けたことに伴い,新法§98の2が新設されました。
確認問題〔意思表示〕
「心裡留保」,「錯誤」,「詐欺」,「意思表示の効力」から出題します(全5問)。
※ 新法に基づいて回答してください。