約款を用いた取引の法的安定性を確保するため,定型約款に関する規定が新設されました。
今回の改正で,新法§548の2~4が適用される「定型約款」の定義はいかなるものか,定型約款を用いて契約を締結した場合や定型約款の内容を変更した場合に,どのような要件が充足されていれば,定型約款中の個々の条項について当事者の合意があったとみなされるのかといった点が明らかにされました。
実務に与える影響の大きい重要な改正であるといわれています。
なお,定型約款に関する規定には,新法の施行期日(2020年4月1日)前から,新法が原則として適用されるものがあることには注意が必要です。
はじめに
新法では,定型約款に関する規定が新設されました(新法§548の2~4)。まず,新法で定型約款に関する規定が新設された背景について述べたいと思います。
現代社会では,電気,ガス,運送,旅行,引越,宅配便,保険,クレジットカード,預金,携帯電話等,様々な取引の場面において約款が利用されています。このような約款は,大量の取引を迅速かつ安定的に行うため,約款に記載された個別の条項を確認しながら個別的にその内容を交渉することなく,あらかじめ定められた画一的な約款の条項に拘束力を認めるところに意義があるといわれています。実際に,約款に記載された個別の条項の内容を認識することなく,契約関係に入る人は少なくありません。
しかし,契約の当事者は契約の内容を認識して意思表示をしなければ契約に拘束されないというのが民法の原則であり,このような約款は民法の原則からは,約款の利用を正当化することができません。また,契約締結後,法令の変更や経済環境の変動等に対応するため,約款準備者が一方的に約款の内容を変更する必要が生ずることがあります。この場合も,民法の一般的な理論によれば,顧客から同意を得ることが必要です。
ところが,顧客の同意をとることなく,一方的に約款の内容を変更するということが現実に行われています。
以上のように,約款を用いて取引を行ったり,約款の内容を一方的に変更する必要がある一方で,約款に関して特段の規定が設けられていないため,なぜ約款中の個別の条項に当事者が拘束されるのか,どのような要件の下で当事者は拘束されるのかといった点が判然としませんでした。そこで,この度,約款を用いた取引の法的安定性を確保するため,新法に定型約款に関する規定を設けることにしたのです。
定型約款の定義・定型約款による契約の成立
旧法 | 新法 |
規定なし |
【548条の2】(定型約款の合意) 2項:前項の規定にかかわらず,同項の条項のうち,相手方の権利を制限し,又は相手方の義務を加重する条項であって,その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第一条第二項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては,合意をしなかったものとみなす。 |
定型約款の定義
①ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって,②その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものを「定型取引」と定義した上で,③定型取引において,契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体を「定型約款」と定義しています(新法§548の2Ⅰ)。
定型取引の要件
1 ① 不特定多数者を相手として行う取引
①については,相手方の個性に着目して行う取引か否かという観点から判断します。
生命保険契約や消費者ローンのように,相手方が一定の機械的に明確な基準をクリアしておれば,基本的にその相手方と取引をするような場合は,①の要件を充たすといえるでしょう。
他方で,労働契約や一定の事業者間での取引等は,相手方の個性が重要になるため,①の要件を充たさないと考えられています。
2 ② 取引内容の全部又は一部の画一性が双方にとって合理的な取引
②については,一方当事者において契約内容を定めることの合理性が一般的に認められている取引か否かという観点から判断します。さらに具体的にいえば,契約内容を画一化することについて,一方当事者のみではなく,相手方も何らかの利益を直接間接に教授していると客観的に評価できる必要があるといわれています。
したがって,契約内容が画一的である理由が単なる交渉力の格差によるものである場合は,②の要件を充たしません。交渉力の格差が類型的に生じやすいケースとしては,フランチャイズ契約等が挙げられます。
定型約款の要件
そして,③の「契約の内容とすることを目的として」については,契約当事者が契約条項の内容を十分に認識や吟味をしたうえで契約を締結することが前提となっているか否かという観点から判断し,契約当事者が契約条項の内容を十分に認識や吟味をしたうえで契約を締結することが前提となっている場合には,この要件を充足しないことになります。
したがって,事業者間における契約締結に向けた交渉段階で一方当事者から呈示された契約書のたたき台やひな型,個別交渉を予定した基本合意書の契約条項等は,③の要件を充たしません。
定型約款に該当する と考えられるもの |
・鉄道の旅客運送取引における運送約款 ・宅配便契約における運送約款 ・電気供給契約における電気供給約款 ・普通預金規定 ・保険取引における保険約款 ・インターネットを通じた物品売買における購入約款 ・インターネットサイトの利用取引における利用規約 ・市販のコンピュータソフトウェアのライセンス規約 |
定型約款に該当しない と考えられるもの |
・事業者間における契約締結に向けた交渉段階で一方当事者から呈示された契約書のたたき台 ・事業者間取引の契約書ひな型 ・就業規則や労働契約書 |
定型約款による契約の成立
要件
定型約款を利用して契約を成立させるためには,❶定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたこと,又は❶’定型約款準備者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していた場合において,契約の当事者において定型取引を行う旨の合意がされたことを要するとし,この要件を満たす場合には,定型約款に記載された個別の条項の内容について相手方が認識していなくとも定型約款の個別の条項について合意をしたものとみなされます(新法§548の2Ⅰ)。
1 要件❶について
❶の「合意」については,ある契約について,特定の定型約款を用いることの合意があれば,相手方が個別の約款条項の内容を了解していなくても,「合意」ありとして,当該定型約款の約款条項が契約の内容となります(大判大正4年12月24日参照)。
また,ここにいう「合意」には,黙示の合意も含まれます。
ただし,以上の前提として,特定の定型約款が契約締結時に現に作成されて存在している必要があります。
2 要件❶’について
定型約款準備者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示した場合において,契約の当事者において定型取引を行う旨の合意がされたときには,相手方が個別の約款条項の内容を了解していなくても,❶’の「合意」があったものとして,当該定型約款の約款条項が契約の内容になります。
このような場合は,「定型約款を契約の内容とする旨」の黙示の合意があったと推認することができるからです。
では,❶’の「表示」について,具体的にどのような表示があれば,「表示」があったものとみられるのでしょうか。
❶’の「表示」は,取引を実際に行おうとする際に,顧客である相手方に対して定型約款を契約の内容とする旨が個別に示されていると評価できるものでなければならないとされており,定型約款の内容自体を示すことまでは求められていません。
例えば,定型約款準備者のホームページで,一般的に,定型約款を契約の内容とする旨を公表するだけでは足りず,インターネットを介した取引であれば,契約締結画面に至るまでの画面上で,定型約款を契約の内容とすることが認識できる状態に置く必要があります。
みなし合意除外規定(不当条項・不意打条項)
もっとも,相手方の権利を制限し,又は相手方の義務を加重する条項であって,信義則(新法§1Ⅱ)に反して相手方の利益を一方的に害すると認められる条項については,合意をしなかったものとみなされます(新法§548の2Ⅱ)。
新法§548の2Ⅱは,条項の内容が相手方にとって不当な場合と不意打ちとなる場合の両方を規制しています。
「相手方の権利を制限し,又は相手方の義務を加重する」の判断方法
問題となっている条項が,「相手方の権利を制限し,又は相手方の義務を加重する」ものかどうかは,当該条項が現実に存在している場合の状況と,それが存在していない場合の状況を比較して,相手方にとって不利益なものといえるかどうかで判断されます。
「第一条第二項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められる」の判断方法
そして,信義則に反するかどうかは,定型取引の態様やその実情,取引上の社会通念を考慮すべきとしています。
具体的には,㋐個々の事案で問題となっている約款条項の文言や規定の趣旨,㋑同一契約におけるそれ以外の契約条項の規定内容や契約全体によって相手方が受ける不利益の存否・内容・程度,㋒当該契約ないし定型取引の態様・性質・実情,㋓取引上の社会通念(広くその種の取引において一般的に共有されている常識)等,一切の事情を総合的に考慮し,当該約款条項の効力を認めることによって相手方が受ける不利益と,当該約款条項の効力を否定することによって定型約款準備者が受ける不利益とを比較衡量して判断することになるとされています。
例えば,次のような条項は,新法§548の2の規制に抵触するといわれています。
消費者契約法§10との関係
なお,消費者契約において,本条項の要件を充たす定型約款が使用された場合,相手方である消費者は,定型約款準備者である事業者に対し,本条項に基づく不当条項の効力否定という主張と消費者契約法§10に基づく不当条項の効力否定という主張を選択的に行使することができます。
表示請求等
旧法 | 新法 |
規定なし |
【548条の3】(定型約款の内容の表示) 2項:定型約款準備者が定型取引合意の前において前項の請求を拒んだときは,前条の規定は,適用しない。ただし,一時的な通信障害が発生した場合その他正当な事由がある場合は,この限りでない。 |
表示請求
定型取引を行い,又は行おうとする定型約款準備者は,定型取引合意の前又は定型取引合意の後相当の期間内に相手方から請求があった場合には,遅滞なく,相当な方法でその定型約款の内容を示さなければならないとしています(新法§548の3Ⅰ本文)。
定型取引の当事者に定型約款の内容を知る権利を保障するためです。
もっとも,定型約款準備者が既に相手方に対して定型約款を記載した書面を交付し,又はその内容を記録した電磁的記録を提供していた場合には,相手方の表示請求があっても,これに応ずる必要はないとしています(同項但書)。
これは,定型約款準備者の負担が過大になることを防止するためです。
定型約款の内容を示す「相当な方法」としては,㋐定型約款を書面や電子メール等で送付する方法,㋑定型約款を相手方の面前で示す方法,㋒自社のホームページにあらかじめ定型約款を掲載し,表示請求があった場合には,そのホームページを閲覧するよう促す方法等が挙げられます。
また,相手方が定型約款の表示を定型約款準備者に請求することができる「相当の期間」がどれくらいの期間を指すかについてですが,つまるところ,これは個別の事案の具体的な状況に応じて判断せざるを得ません。
しかし,一般的な消滅時効期間を踏まえても,最終の取引時から5年程度は相手方からの表示請求に対応する必要があるだろういわれており,また,契約が継続的なものである場合には,その終了から相当の期間を意味するとされています。
取引開始前における表示義務違反
ただし,取引開始前に相手方から定型約款の表示請求がされていたにもかかわらず,定型約款準備者がこれを拒絶していた場合には,仮にその後に取引が行われたとしても,一時的な通信障害が発生した場合その他正当な事由がある場合を除き,定型約款の個別の条項について合意をしたものとはみなされないとしています(同条Ⅱ)。
ここにいう「拒絶」は,定型約款準備者が明示的に定型約款の開示を拒んだ場合だけでなく,表示請求を受けたにもかかわらず,相当期間を経過しても何ら回答をしなかった場合のように,定型約款準備者の対応状況から拒絶していると評価することができる場合も含みます。
ちなみに,定型取引合意の後相当期間内における定型約款準備者の表示義務は契約上の義務となるため,その違反の効果として,裁判所に対して強制履行を請求されることがあるほか,債務不履行として損害賠償義務を負う可能性があります。
定型約款の変更
旧法 | 新法 |
規定なし |
【548条の4】(定型約款の変更) 2項:定型約款準備者は,前項の規定による定型約款の変更をするときは,その効力発生時期を定め,かつ,定型約款を変更する旨及び変更後の定型約款の内容並びにその効力発生時期をインターネットの利用その他の適切な方法により周知しなければならない。 3項:第一項第二号の規定による定型約款の変更は,前項の効力発生時期が到来するまでに同項の規定による周知をしなければ,その効力を生じない。 4項:第五百四十八条の二第二項の規定は,第一項の規定による定型約款の変更については,適用しない。 |
実体的要件
1 定型約款準備者が相手方の同意を得ることなく,一方的に契約の内容を変更する「定型約款の変更」の実体的要件として,❶定型約款の変更が相手方の一般の利益に適合するときであるか,❶’㋐変更が契約目的に反せず,かつ,㋑変更に係る事情に照らして合理的なものであるときのいずれかに該当することを要するとしています(新法§548の4Ⅰ)。
2 実体的要件❶の判断方法
実体的要件❶(「定型約款の変更が相手方の一般の利益に適合するとき」)については,相手方に有利な変更を行う場合なので,このような定型約款の変更が一般に認められることに問題はないでしょう。
ただし,「相手方の一般の利益に適合する」とあるように,定型約款の変更が相手方の全員にとって利益になるものである必要があり,相手方の一部でも不利益を与える場合には,実体的要件❶を充足しません。
3 実体的要件❶’の判断方法
(1) 次に,実体的要件❶’(「㋐変更が契約目的に反せず,かつ,㋑変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき」)の判断方法について説明します。
まず,「契約目的」とは,相手方の主観的な意図ではなく,契約の両当事者で共有された当該契約の目的を意味します。
(2)ア 次に,「定型約款の変更が…合理的」といえるかは,定型約款準備者にとって当該変更を行うことが合理的であるかどうかではなく,客観的にみて,当該変更が合理的であるといえるかが問題になります。
イ そして,新法§548の4Ⅰ②では,この合理性判断にあたり,「変更の必要性,変更後の内容の相当性,この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情」を考慮すべきことが定められています。
合理性判断は,上記考慮要素を考慮の上,約款変更の効力が肯定された場合に相手方が受ける不利益と,約款変更の効力を否定された場合に定型約款準備者が受ける不利益とを比較衡量することによって行われます。
以下では,上記考慮要素について,適宜説明を加えたいと思います。
ウ まず,「変更の必要性」については,定型約款準備者においてなぜ定型約款の変更を行う必要が生じたかといったことに加え,個別の同意を得ることが困難である事情も考慮されるとされています。
エ 次に,「変更後の内容の相当性」については,変更後の定型約款の内容が,(2)ウの必要性に係る事情と照らして適切な内容となっているかどうか(過剰なものとなっていないか)といった観点から判断します。
なお,複数の選択肢のうちで顧客の不利益が最も小さいものであるとか,他にとり得る手段がないとか,そこまでの厳格さは要求されていません。
オ そして,「この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無」についてです。
「この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定め」とは,新法§548の4によって定型約款準備者が定型約款を一方的に変更することがあり得る旨の条項です。
では,このような条項が設けられているか否かが,定型約款変更の合理性を判断するための考慮要素として挙げられているのでしょうか。
それは,このような条項が設けられていることで,相手方としては,定型約款の内容が一方的に変更される可能性があることを予期することができるからです。相手方は,定型約款の内容が定型約款準備者によって一方的に変更される可能性があることを分かって契約関係に入った以上,契約後に定型約款が相手方の同意なく変更されても仕方がないということです。
もちろん,このような条項が設けられていたからといって,何をしてもいいということにはなりませんので,あくまで補助的な考慮要素にとどまるように思われます。
なお,具体的な変更の条件や変更後の条項の内容等が定められており,それらに従って,定型約款の変更が行われておれば,そうした事情は,変更の合理性を基礎付ける有利な事情として働きます。
したがって,実務的には,定型約款の変更規定を設け,変更を実施する条件や手続,可能であれば,変更後の条項の内容を具体的に定めることが望ましいでしょう。
カ 最後に,「その他の事情」についてです。
「その他の事情」としては,変更によって相手方が受ける不利益の程度や性質,このような不利益を軽減させる措置がとられているかなどといった事情が想定されています。
相手方の不利益を軽減させる措置の例としては,変更後の契約内容に拘束されることを望まない相手方に対して契約を解除する権利を付与すること,変更の効力が発生するまでに猶予期間を設けること等が挙げられるところです。
こうした不利益軽減措置が設けられていることで,定型約款変更の合理性を判断する上で有利な事情として斟酌されることになります。
したがって,実務的には,実際に変更する際に相手方に生じる不利益を軽減するための措置としてとり得る方法を設け,相手方への説明・周知の方法を検討・準備しておくことが望ましいでしょう。
手続的要件
さらに,手続的要件として,定型約款準備者は,定型約款の変更をするときは,(1)その効力発生時期を定め,かつ,(2)定型約款を変更する旨及び変更後の定型約款の内容並びにその効力発生時期をインターネットの利用その他の適切な方法により周知しなければならないとされています(同条Ⅱ)。
そして,実体的要件❶’に基づく変更の場合は,相手方に不利益を生ずる変更なので,相手方保護の観点から,効力発生時期が到来するまでに上記周知をしなければ,その効力を生じないとしています(同条Ⅲ)。
効力発生時期と周知の時期との時間的間隔の程度については特に規定されていませんが,実務的には,少なくとも定款約款準備者による一方的な約款変更によって相手方が不利益を被る場合には,効力発生時期までに相手方が解除権の行使その他の方法で自らが被る不利益を回避・軽減する措置を講じることができるだけの時間的間隔をおく必要があると考えられます。
条文に「インターネット」という横文字が入っていて,何だか新鮮な気持ちになりました笑
経過措置
施行日前に締結された定型取引に係る契約にも新法が適用されますが,旧法の規定により生じた効力は妨げられません(附則§33Ⅰ)。
「旧法の規定によって生じた効力を妨げない」とは,施行日前の契約が,新法の組入要件の不充足や不当条項規制を理由として,効力が否定されることはないという意味です。
したがって,施行日前の契約に新法が適用されるのは,①施行日以降の定型約款の表示請求(新法§548の3)と②施行日以降の定型約款の変更(新法§548の4)の2つの場面ということになります。
ただし,解除等により契約関係から離脱することができない場合に限り,契約当事者のいずれか一方が,施行日前日までに,書面又は電磁的記録で反対の意思表示をしたのであれば,新法の適用が排除され,旧法が適用されます(附則§33Ⅱ,Ⅲ)。
なお,「解除等により契約関係から離脱することができない場合」には,解除はできるけれども,合理的な清算額を超える違約金を支払わなければ解除権等を行使し得ないような場合も含まれると解する余地があると考えられています。
確認問題〔定型約款〕
新法に基づいて回答してください!(全5問)