【改正会社法】役員等賠償責任保険契約(D&O保険等)【2021年3月1日施行】

改正の骨子

  • 株式会社が役員等賠償責任保険契約の内容の決定をするには、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければならないこととされました(改正法§430の3Ⅰ)。
  • 事業年度の末日において公開会社である株式会社等については、役員等賠償責任保険契約に関する一定の事項を事業報告の内容に含めなければならないこととされました(改正施行規則§121の2)。
  • 役員選任議案に関する株主総会参考書類の開示事項として、候補者を対象とする保険契約を締結しているとき又は締結する予定があるときは、当該保険契約の内容の概要を記載しなければならないこととされました(改正施行規則§74Ⅰ⑥,§74の3Ⅰ⑧,§76Ⅰ⑧等)。

役員等賠償責任保険契約とは?

 「役員等賠償責任保険契約」とは、株式会社が保険者との間で締結する保険契約のうち、役員等[1]がその職務の執行に関し[2]責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者が填補することを約するものであって、役員等を被保険者とするものから、当該保険契約を締結することにより被保険者である役員等の職務の執行の適正性が著しく損なわれるおそれがないものとして改正施行規則§115の2で定めるものを除いたものを指します(改正法§430の3Ⅰ)。

 具体的には、会社役員賠償責任保険(「D&O保険」)やこれに準ずる保険が、役員等賠償責任保険契約に当たります[3]

 役員等賠償責任保険契約には、①役員等として優秀な人材を確保するとともに、②役員等がその職務の執行に関し損害を賠償する責任を負うことを過度に恐れることによりその職務の執行が委縮することがないように役員等に対して適切なインセンティブを付与するという意義が認められており、近時は、社外役員・外国人役員の任用の観点から、特に①が強調される傾向にあります[4]

役員等賠償責任保険契約
に当たる
■ D&O保険
■ D&O保険に準ずる保険
役員等賠償責任保険契約に当たらない(改正施行規則§115の2)
〔限定列挙〕
■ 会社の損害を補填することが主たる目的[5]であるもの
例)生産物賠償責任保険(「PL保険」)、企業総合賠償責任保険(「CGL保険」)、使用者賠償責任保険、個人情報漏洩保険
■ 役員等の職務上の義務違反と関連しないもの [6]
例)自動車損害賠償責任保険、任意の自動車保険、海外旅行保険
Column―会社補償とD&O保険の違い

 会社補償とD&O保険は、いずれも役員等の経済的負担を填補する制度である点や会社と役員等とが構造的利益相反関係に立つ点等で似た制度ではありますが、両制度には相違点があり、相互に補完し合う関係にあります。D&O保険契約を締結している場合も、㋐会社補償を利用することにより、D&O保険でカバーされていない損失について填補対償とすることができること、㋑会社補償を利用することにより、防御費用等の前払いが可能となるなど、D&O保険に比べて機動的な填補が可能となること、㋒D&O保険の支払限度額を引き上げるためには、会社はより多額の保険料を負担する必要があるところ、会社補償を利用することで、そうした負担なく、損失等の填補に対応することが可能となること、㋓国外の優秀な人材の獲得・維持の効果を期待できることなどのメリットがあります。

  会社補償(補償契約) D&O保険
契約当事者 当該株式会社と役員等 当該株式会社と保険会社
(当該株式会社が保険料負担)
填補の対象 改正法§430の2Ⅱの定めの範囲内で定める 保険契約にて定める
填補の範囲 改正法§430の2に反しない限りにおいて、損害や費用の全額を填補することが理論上は可能 損害や費用の全額を填補することができない場合がある(免責事由や免責金額、支払限度額等に関する保険法上又は契約上の制約等)
填補の主体 当該株式会社から填補される(役員・会社間の構造的利益相反関係がより直接的) 保険会社から保険金が支払われる(役員・会社間の構造的利益相反関係が間接的)
費用等の前払 可能 通常不可

[1] 取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(改正法§423Ⅰ)。
[2] 「職務の執行に関し」とは、株式会社の役員等としての職務の執行に関連性を有することをいうと解されています。改正法§854Ⅰ柱書においても、同様の文言が用いられており、同項の解釈論が参考になると考えられています。なお、同項の「職務の執行に関し」は、職務の執行自体だけでなく、その職務に直接・間接に関連してされた場合を含むものと解されています(竹林俊憲『一問一答 令和元年改正会社法』(商事法務・2020年)108,133頁、酒巻俊雄=龍田節編『逐条解説会社法 第9巻 外国会社・雑則・罰則』(中央経済社・2016年)330頁)。
[3] D&O保険に係る保険契約の保険料のうち、被保険者である役員等が株式会社に対して法律上の損害賠償責任を負う場合に生ずることのある損害を填補する株主代表訴訟担保特約部分の保険料について、役員等が実質的に負担する場合であっても、保険契約者が株式会社である限り、役員等賠償責任保険契約に該当します(竹林俊憲『一問一答 令和元年改正会社法』(商事法務・2020年)131頁)。
[4] 竹林俊憲『一問一答 令和元年改正会社法』(商事法務・2020年)131頁、高橋陽一「令和元年会社法改正の意義(4)会社補償および役員等賠償責任保険(D&O保険)」旬刊商事法務2233号22頁。
[5] 当該保険契約の「主たる目的」が何かは、主契約と特約を合わせた契約全体について、主契約か特約かなどの外形的な事情だけでなく、経済的な機能等にも着目し、個別具体的に判断されることとなります(省令パブコメ結果第3の1(6)③、渡辺諭ほか「会社法施行規則等の一部を改正する省令の解説〔Ⅰ〕―令和二年法務省令第五二号―」旬刊商事法務2250号8頁)。
[6] 形式的には自動車賠償責任保険契約に該当する場合でも、個別具体的な事情を踏まえ、役員等賠償責任保険契約に該当する場合はあり得ます(省令パブコメ結果第3の1(6)④)。

役員等賠償責任保険契約の内容の決定をする手続

 もっとも、役員等賠償責任保険契約には、同契約を締結する株式会社と取締役等との間に構造的利益相反関係が認められることから、役員等に対する適切なインセンティブの付与という同契約の機能との調和を図りつつ、同契約の内容の適正性を確保するための手続等を別途整備する必要がありました。

 そこで、本改正では、従来の厳格な利益相反取引規制(改正法§356Ⅰ,§365,§419Ⅱ)の適用を排除した上で[1]、株式会社が役員等賠償責任保険契約の内容を決定するには、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければならない旨の規定を新設することとしました(改正法§430の3Ⅰ,Ⅱ)[2] [3]

 当該決議を行うにあたり、役員等賠償責任保険の内容をどの程度まで特定する必要があるかについては、詳細な約款まで含めて取締役会の決議の対象とする必要はなく、㋐保険会社、㋑被保険者、㋒保険料、㋓保険期間、㋔保険金の支払事由及び支払限度額、㋕保険金により填補される損害の範囲、㋖保険会社の主な免責事由並びに㋗主な特約条項といった主たる事項を特定すれば足りると考えられています[4]

 そして、こうした主要事項について変更が生じた場合には、改めて取締役会決議を経る必要があると解されます[5]

 なお、取締役会設置会社が役員等賠償責任保険に係る保険契約の内容を決定・変更する場合において、被保険者である取締役は、保険契約の内容の決定に関し、「特別の利害関係」(改正法§369Ⅱ)を有するため、取締役会決議に加わることはできないと解されます。そうであれば、取締役の全員が被保険者となるときは、取締役全員が、「特別の利害関係」(改正法§369Ⅱ)を有することになるため、取締役全員が議決に加わることができなくなるのではないかという問題があります。

 この点について、諸説ありますが、B説が多数説であるとみられます。

  • [A説]各取締役を被保険者とする部分について、被保険者である各取締役が自らを被保険者とする部分についての議決に加わることがないように、それ以外の取締役で、順次、別個に議決するとする見解[6]
  • [B説]取締役の全員が取締役会の決議について共通の利害関係を有している場合には、改正法§369Ⅱが適用されないため、被保険者である取締役も議決に加わることができるとする見解[7]

 なお、上述のとおり、改正施行規則§115の2所定の保険契約の内容の決定については、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議を得ることは要求されていませんが、保険金額等の契約規模次第で、当該決定が「重要な業務執行の決定」(改正法§362Ⅳ柱書)に該当する場合は、取締役会設置会社においては、取締役会決議を得る必要があることには留意しておいた方がよいでしょう。

Column―D&O保険の保険料の会社負担に関する税務上の取扱い

 会社が、改正法§430の3に基づき、D&O保険契約の内容決定につき、上記取締役会決議(取締役会非設置会社にあっては、株主総会決議)を経て、当該保険料を負担した場合には、当該負担は会社法上適法な負担と考えられることから、役員個人に対する経済的利益の供与はなく、役員個人に対する給与課税を行う必要はないこととされています(経済産業省「令和元年改正会社法施行後における会社役員賠償責任保険の保険料の税務上の取扱いについて」(2020/9/30))。


[1] 民法§108の適用も排除されています。また、「当該保険契約を締結することにより被保険者である役員等の職務の執行の適正性が著しく損なわれるおそれがないものとして法務省令で定めるもの」(改正法§430の3Ⅰ)についても、類型的に利益相反性が低いため、利益相反取引規制及び民法§108の適用が排除されています(改正法§430の3Ⅱ,Ⅲ)。
[2] 保険契約の内容の決定を特定の取締役や執行役に委任することは認められません(改正法§399の13Ⅴ⑬,§416Ⅳ⑮)。
[3] 親会社が、グループ会社の役員等も被保険者とするD&O保険に係る保険契約の内容を決定するにあたっては、当該グループ会社の株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議を経る必要はありません(竹林俊憲『一問一答 令和元年改正会社法』(商事法務・2020年)141頁、塚本英巨「令和元年会社法改正の意義(4)会社補償・D&O保険の実務対応」旬刊商事法務2233号39~40頁)。
[4] 塚本英巨「令和元年会社法改正の意義(4)会社補償・D&O保険の実務対応」旬刊商事法務2233号37頁。
[5] 竹林俊憲『一問一答 令和元年改正会社法』(商事法務・2020年)129~130頁。
[6] 竹林俊憲『一問一答 令和元年改正会社法』(商事法務・2020年)131頁。
[7] 落合誠一編『会社法コンメンタール8―機関⑵』(商事法務・2009年)158頁〔田中亘〕、会社法研究会「会社法研究会報告書」(2017年3月2日)26頁、高橋陽一「令和元年会社法改正の意義(4)会社補償および役員等賠償責任保険(D&O保険)」旬刊商事法務2233号23頁、塚本英巨「令和元年会社法改正の意義(4)会社補償・D&O保険の実務対応」旬刊商事法務2233号38頁。

公開会社における事業報告の開示事項の拡充

 また、本改正により、事業年度の末日において公開会社である株式会社等については、次の事項を事業報告の内容に含めなければならない旨の規定が新設されました(改正施行規則§121の2)[1]

  • 被保険者の範囲[2]
  • 保険契約の内容の概要
    ・被保険者の実質的な保険料負担割合
    ・填補対象となる保険事故の概要
    ・当該保険契約によって当該役員等(当該株式会社の役員等に限る。)の職務の執行の適正が損なわれないようにするための措置を講じているときは、その措置の内容

 事業報告の「会社役員に関する事項」で記載することが想定されます[3]

 また、事業報告の起案にあたっては、東京株式懇話会「会社法改正の概要と株式実務への影響」(2020年12月4日)45頁の記載例等が参考になります。


[1] 親会社がその役員等のみならず、グループ会社の役員等をも被保険者とするD&O保険に係る保険契約を締結している場合、当該親会社が、被保険者に関する情報として当該グループ会社の役員等も開示することとなり、当該グループ会社自身は当該保険契約に関する情報を開示する必要はありません(竹林俊憲『一問一答 令和元年改正会社法』(商事法務・2020年)149頁)。
[2] 被保険者の氏名を記載することは要しない。
[3] 東京株式懇話会「会社法改正の概要と株式実務への影響」(2020年12月4日)51頁。2021年3月期の事業報告に関していえば、改正会社法の施行日から事業年度末である2021年3月31日までの間に、役員等賠償責任保険契約を締結・更新した場合には、事業報告の「会社役員に関する事項」で記載することが想定されます 。一方、2021年4月1日から事業報告の作成時点までの間に、役員等賠償責任保険契約を締結・更新した場合には、「会社役員に関する事項」で記載する必要はありませんが、事業報告の「株式会社の会社役員に関する重要な事項」(改正施行規則§121⑪)に記載することが必要となる場合があります。

役員選任議案に関する株主総会参考書類の開示事項の充実

 本改正により、役員選任議案に関する株主総会参考書類の開示事項として、候補者を対象とする保険契約を締結しているとき又は締結する予定があるときは、当該保険契約の内容の概要を記載しなければならない旨の規定が新設されました(改正施行規則§74Ⅰ⑥,§74の3Ⅰ⑧,§76Ⅰ⑧等)。

経過措置

 以上の役員等賠償責任保険に関する新設規定は、改正法の施行後に締結・更新される保険契約に適用されます(改正法附則§7,改正省令附則§2Ⅵ)。

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