本稿では,次のサンプル条項を例に,契約成立に関する条項の修正方法を検討します。
第9条(担保責任)
1.買主は,本製品がその種類,品質又は数量に関して本契約又は個別契約の内容に適合せず, かつ,本検収によっては当該不適合を発見することができなかった場合には,売主に対し,本製品の修補,代替物若しくは不足分の引渡し(以下,あわせて「履行の追完」という。)若しくは代金の減額のうちから,1つ又は複数の手段を選択し,請求することができる。なお,買主は,売主に対して代金の減額を請求する場合には,事前に相当の期間を定めて履行の追完の催告をすることを要しない。
2.前項の不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものである場合には,買主は,同項に基づく履行の追完及び代金の減額を請求することができない。
3.第1項の規定は,買主の売主に対する損害賠償請求及び契約の解除を妨げない。
4.買主は,第1項所定の不適合を発見した場合は,当該不適合を発見した日から1年以内にその旨を売主に対し書面により通知しなければ,当該不適合を理由として,前三項に定める履行の追完請求,代金減額請求,損害賠償請求及び契約の解除をすることができない(数量又は権利の不適合の場合を除く。)。
5.本契約においては,商法第526条及び民法第562条第1項但書は適用しない。
※ 条項中の下線が引かれている箇所は,2020年4月1日施行の改正民法に基づき,修正を加えた箇所です。
なお,サンプル条項が収録されている売買基本契約書のひな型は以下のページです。
担保責任に関する条項全般に関する修正
新民法では,旧民法の「隠れた瑕疵」との文言が,「種類,品質又は数量に関して契約の内容に適合しない」に改められました。
そこで,契約書上の文言についても,「隠れた瑕疵」や「瑕疵」等になっている場合には,「種類,品質又は数量に関して契約の内容に適合しない」に改めましょう。
もし「隠れた瑕疵」や「瑕疵」等の文言を残していると,当該契約に新民法が適用されるのか,旧民法が適用されるのか,争いが生じてしまうおそれがあります。
そこで,このような無用な争いを避けるため,新民法を適用するのであれば,文言の修正を行っておきましょう。
1項に関する修正
1.買主は,本製品がその種類,品質又は数量に関して本契約又は個別契約の内容に適合せず, かつ,本検収によっては当該不適合を発見することができなかった場合には,売主に対し,本製品の修補,代替物若しくは不足分の引渡し(以下,あわせて「履行の追完」という。)若しくは代金の減額のうちから,1つ又は複数の手段を選択し,請求することができる。なお,買主は,売主に対して代金の減額を請求する場合には,事前に相当の期間を定めて履行の追完の催告をすることを要しない。
1項前段に関する修正
1.担保責任の追及手段に関する修正
旧民法では,物の瑕疵には,損害賠償請求と契約解除が定められ,権利の瑕疵については,これらに加え,代金減額請求も定められていました(旧民法§563Ⅰ)。
これに対し,新民法では,物の瑕疵であるか権利の瑕疵であるかを問わず,契約不適合がある場合には,履行の追完請求(新民法§562Ⅰ),代金減額請求(新民法§563),損害賠償請求,契約解除のいずれもが認められています。
そこで,サンプル条項の1項前段は,こうした改正を反映させた条項になっています。
買主としては,一般に,担保責任の追及手段の選択肢が多い方が有利であるため,なるべく多くの担保責任の追及手段を条項に定めるよう契約交渉することになるでしょう。
これに対し,売主としては,なるべく担保責任の追及ができないよう,担保責任の追及手段を減らす方向で契約交渉をすることになります。
この場合,サンプル条項の1項前段から手段を削除するのみならず,サンプル条項の5項において,明示的に削除対象の手段を定めた新民法の条文を不適用とする旨定めるべきです(例えば,代金減額請求を削除する場合には,「民法第563条は適用しない」との定めを置くなど)。
単にサンプル条項1項前段から特定の手段を削除するにとどまっていると,なおも新民法の規定が適用され,当該手段を行使することができると解釈される可能性を否定することができないからです。
2.契約解除ができる場合に関する修正
新民法では,債務不履行が軽微な場合には,契約解除が制限されます(新民法§541但書)。
そこで,このことと平仄を合わせ,売主側としては,担保責任の追及手段としての契約解除については,重大な契約不適合が存在する場合に限って,行使することができる旨の規定を設けることが考えられます。
3.追及方法の選択権に関する修正
新民法§562Ⅰ但書は,目的物修補,代替物引渡し,不足分引渡しといった履行追完の手段について,原則としては,買主がどれを行使するか選択することができるとしつつ,「売主は,買主に不相当な負担を課するものでないときは,買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができる」として,一定程度売主にも選択権を認めています。
買主としては,買主が選択した手段ではない方法で売主によって履行の追完がなされる可能性を排除するため,サンプル条項1条前段において,㋐追完請求権の具体的な方法は買主が選択できること,また,㋑選択する手段は1つに限定されず,複数の両立し得る手段を選択することも可能であることを明示することが考えられます。また,その場合には,サンプル条項5項において,新民法§562Ⅰ但書の適用を排除する旨規定すべきです。
さらに,買主としては,単に履行の追完方法の中で選択権を保持するにとどめず,履行の追完請求,代金減額請求,損害賠償請求,契約解除の中から,任意に1つの又は複数の両立し得る手段を選択できる旨の条項を定めるよう契約交渉することも考えられます。
以上に対し,売主としては,履行の追完について買主が請求した方法と異なる方法を選択できる余地を残したいのであれば,新民法§562Ⅰ但書と同様の条項を設けたり,さらには,特に限定なく,売主の裁量で手段を選択することができる旨の条項を設けるよう契約交渉すべきです。
1項後段に関する修正
1.……なお,買主は,売主に対して代金の減額を請求する場合には,事前に相当の期間を定めて履行の追完の催告をすることを要しない。
サンプル条項の1項後段は,代金減額請求の行使要件を緩和するものです。
本来,代金減額請求は,一部解除としての実質を有していることから,代金減額請求をするためには,原則として,催告と催告後相当期間の経過が必要です(新民法§563Ⅰ)。
そこで,買主としては,(新民法§563Ⅱの各号に定める事由に該当しない場合であっても,)直ちに代金減額請求を行えるようにすることを望むのであれば,サンプル条項の1項後段のような規定を設けることが考えられます。
逆に,売主としては,民法の原則に立ち返り,サンプル条項の1項後段を削除するよう契約交渉することになります。
2項に関する修正
2.前項の不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものである場合には,買主は,同項に基づく履行の追完及び代金の減額を請求することができない。
サンプル条項2項は,新民法§562Ⅱや新民法§563Ⅲと同旨の条項です。
買主に不利な条項なので,この条項の削除も考えられなくはないですが,現実的ではありません。
あり得るとすれば,「買主の責めに帰すべき事由」との文言を「買主の故意又は重過失」に修正し,買主が履行追完請求や代金減額請求を追及できなくなる場面を限定することです。
一方,売主としては,サンプル条項2項を維持する方向で契約交渉をすべきです。
3項に関する修正
特になし。
4項に関する修正
4.買主は,第1項所定の不適合を発見した場合は,当該不適合を発見した日から1年以内にその旨を売主に対し書面により通知しなければ,当該不適合を理由として,前三項に定める履行の追完請求,代金減額請求,損害賠償請求及び契約の解除をすることができない(数量又は権利の不適合の場合を除く。)。
サンプル条項4項は,新民法§566本文が「売主が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合において,買主がその不適合を知った時から一年以内にその旨を売主に通知しないときは,買主は,その不適合を理由として,履行の追完の請求,代金の減額の請求,損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。」と定めていることから,同旨の規定を設けたものです(数量や権利の契約不適合については責任追及可能期間が定められておらず,一般の消滅時効の規定に従って処理されることに注意)。
買主としては,責任追及可能期間を伸長する方向での契約交渉が考えられます。
一方,売主としては,責任追及可能期間を短縮するほか,同期間の起算点を「その不適合知った時」から「目的物の引渡し時」や「検査の完了日」等に修正するよう契約交渉することが考えられます。
5項に関する修正
5.本契約においては,商法第526条及び民法第562条第1項但書は適用しない。
新商法§526は,商人間の売買において,買主が,㋐その売買の目的物を受領した後,遅滞なく当該目的物を検査を行い,契約不適合を発見したにもかかわらず,直ちに売主に対してその旨を通知しなかった場合,及び㋑契約不適合が直ちに発見することができないものであることを前提に,目的物を受領してから6か月以内に契約不適合を発見したにもかかわらず,直ちに売主に対してその旨を通知しなかった場合には,買主は,売主に対し,履行追完請求,代金減額請求,損害賠償請求及び契約解除をすることができなくなる旨定めています。
買主としては,できる限り,新商法§526の適用を排除したいところでしょう。
一方,売主としては,新商法§526が適用されるようにしたいところでしょう。
仮に,新商法§526の適用が排除されるとしても,サンプル条項4項の修正に関する説明のところで述べたように,責任追及可能期間を短縮したり,同期間の起算点を目的物引渡し時や検査完了時とするよう契約交渉することが考えられます。
また,担保責任を追及することができる契約不適合の範囲を検査時に直ちに発見することができない契約不適合に限定することも考えられます。
なお,その他のサンプル条項5項に関する修正方法については,サンプル条項1項に関する修正のところで言及しましたので,そちらもご覧になってください。
担保責任に関する改正の詳細は,以下の記事も是非ご覧ください。
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