はじめに
本稿では,次のサンプル条項を例に,反社会的勢力排除に関する条項について説明します。
第12条(反社会的勢力の排除)
1.当事者は,相手方に対し,次の各号のいずれにも該当しないことを表明し保証する。
⑴自らが暴力団,暴力団員,暴力団員でなくなった時から5年を経過しない者,暴力団準構成員,暴力団関係企業又は団体,総会屋等,社会運動標榜ゴロ,特殊知能暴力集団等,その他これらに準ずる者(以下,あわせて「反社会的勢力」という。)であること。
⑵自ら並びにその親会社,子会社及び関連会社の取締役,監査役,執行役その他これらに準ずる者(以下,あわせて「役員等」という。)が反社会的勢力であること。
⑶反社会的勢力と次の関係を有すること。
①反社会的勢力が経営を支配していると認められる関係
②反社会的勢力が経営に実質的に関与していると認められる関係
③自ら若しくは第三者の不正の利益を図る目的又は第三者に損害を加える目的をもって反社会的勢力を利用する関係
④反社会的勢力に対して資金等を提供し,若しくは便宜を供与するなどの暴力団の維持,運営に協力し,又は関与する関係
⑤反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係
⑥その他前①から⑤までに準ずる関係
⑷反社会的勢力に対し,自らの名義を貸すこと。
2.当事者は,自ら又は役員等が,第三者を利用して次の各号のいずれの行為も行わないことを保証する。
⑴暴力的な要求行為
⑵法的な責任を超えた不当な要求行為
⑶取引に関して,脅迫的な言動又は暴力を用いる行為
⑷風説を流布し,若しくは偽計若しくは威力を用いて,相手方の信用を棄損し,又は相手方の業務を妨害する行為
⑸その他前各号に準ずる行為
3.当事者は,相手方が,前二項において表明保証し,又は確約した事項のいずれかに違反することが判明した場合,何らの催告を要せず,本契約及び個別契約を解除することができる。
4.前項の規定に基づき解除をした当事者は,相手方に対し,当該解除により生じた一切の損害(合理的な範囲の弁護士費用を含む。)の賠償を請求することができる。
5.第3項の規定に基づき解除をされた当事者は,相手方に対し,当該解除により生じた一切の損害の賠償を請求することができない。
反社会的勢力排除条項を契約書に定める理由
基本的に契約書には反社会的勢力排除条項が置かれていますが,その根拠は,法務省の「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」(以下,「本指針」といいます。)と各都道府県において制定されている暴力団排除条例に求めることができます。
本指針は,2007年6月19日に法務省によって公表され,企業が平素から行うべき対応の1つとして次の事柄を挙げます。
反社会的勢力が取引先や株主となって,不当要求を行う場合の被害を防止するため,契約書や取引約款に暴力団排除条項を導入するとともに,可能な範囲内で自社株の取引状況を確認する。
そして,本指針の公表を受け,各都道府県において,暴力団排除条例が制定されました。
例えば,東京都の暴力団排除条例においては,次のような規定が設けられています。
第18条(事業者の契約時における措置)
1 事業者は,その行う事業に係る契約が暴力団の活動を助長し,又は暴力団の運営に資することとなる疑いがあると認める場合には,当該事業に係る契約の相手方,代理又は媒介をする者その他の関係者が暴力団関係者でないことを確認するよう努めるものとする。
2 事業者は,その行う事業に係る契約を書面により締結する場合には,次に掲げる内容の特約を契約書その他の書面に定めるよう努めるものとする。
一 当該事業に係る契約の相手方又は代理若しくは媒介をする者が暴力団関係者であることが判明した場合には,当該事業者は催告することなく当該事業に係る契約を解除することができること。
二 工事における事業に係る契約の相手方と下請負人との契約等当該事業に係る契約に関連する契約(以下この条において「関連契約」という。)の当事者又は代理若しくは媒介をする者が暴力団関係者であることが判明した場合には,当該事業者は当該事業に係る契約の相手方に対し,当該関連契約の解除その他の必要な措置を講ずるよう求めることができること。
三 前号の規定により必要な措置を講ずるよう求めたにもかかわらず,当該事業に係る契約の相手方が正当な理由なくこれを拒否した場合には,当該事業者は当該事業に係る契約を解除することができること。
これらの指針や条例は,あくまで企業に対して契約書中に反社会的勢力排除条例を設ける努力義務を課しているに過ぎませんが,反社会的勢力排除の社会的要請の高まりを受け,多くの企業が契約書中に反社会的勢力排除条項を設けるに至っています。
また,以下に掲げる各団体等が反社会的勢力排除条項のひな型を公開しておりますので,各団体のハイパーリンクから閲覧してみてください。
反社会的勢力排除条項を設置する意義
本指針に関する解説では,反社会的勢力排除条項に盛り込むべき内容について次のような方針を立てています。
契約自由の原則が妥当する私人間の取引において,契約書や契約約款の中に,①暴力団を始めとする反社会的勢力が,当該取引の相手方となることを拒絶する旨や,②当該取引が開始された後に,相手方が暴力団を始めとする反社会的勢力であると判明した場合や相手方が不当要求を行った場合に,契約を解除してその相手方を取引から排除できる旨を盛り込んでおくことが有効である。
したがって,反社会的勢力排除条項を定めるにあたっては,基本的に次の2つの観点に基づき検討すればよいと考えられます。
上掲のサンプル条項もこれらの観点を踏まえて作成しています。
そして,契約書にこれらの観点を踏まえた反社会的勢力排除条項を置くことには,次の3つの意義があるといわれています(警察庁)。
条項案の解説
以下では,反社会的勢力排除条項を要素に分解して,要素ごとに説明していきます。
第1項
第12条(反社会的勢力の排除)
1.当事者は,相手方に対し,次の各号のいずれにも該当しないことを表明し保証する。
⑴自らが暴力団,暴力団員,暴力団員でなくなった時から5年を経過しない者,暴力団準構成員,暴力団関係企業又は団体,総会屋等,社会運動標榜ゴロ,特殊知能暴力集団等,その他これらに準ずる者(以下,あわせて「反社会的勢力」という。)であること。
(以下省略)
ここでは,当事者自身が反社会的勢力ではないことを確認させています。
では,そもそも「反社会的勢力」が一体何を指すのかというと,本指針は次のように説明しています。
暴力,威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団又は個人である「反社会的勢力」をとらえるに際しては,❶暴力団,暴力団関係企業,総会屋,社会運動標ぼうゴロ,政治活動標ぼうゴロ,特殊知能暴力集団等といった属性要件に着目するとともに,❷暴力的な要求行為,法的な責任を超えた不当な要求といった行為要件にも着目することが重要である。(丸囲み数字は筆者によるものです。)
このように「反社会的勢力」に当たるかどうかは,❶属性要件と❷行為要件の2つの観点から判断されます。
サンプル条項第1項第1号は,本指針の❶属性要件を具体化したものです。
サンプル条項第1項では,本指針が列挙するものに加え,暴力団員でなくなった時から5年が経過しない者や暴力団準構成員等も付け加えています。
これらもまた,通常,暴力団との結び付きが強い属性だからです。
以下,各属性がそれぞれ何を意味するのかを整理します。
暴力団 | その団体の構成員(その団体の構成団体の構成員を含む。)が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律§2②) |
暴力団員 | 暴力団の構成員(同法§2⑥) |
暴力団準構成員 | 暴力団構成員以外の暴力団と関係を有する者であって,暴力団の威力を背景に暴力的不法行為等を行うおそれがあるもの,又は暴力団若しくは暴力団構成員に対し資金,武器等の供給を行うなど暴力団の維持若しくは運営に協力し,若しくは関与するもの(警察庁) |
暴力団関係企業又は団体 | 「暴力団関係企業」:暴力団員が実質的にその経営に関与している企業,準構成員若しくは元暴力団員が実質的に経営する企業であって暴力団に資金提供を行うなど暴力団の維持若しくは運営に積極的に協力し,若しくは関与するもの又は業務の遂行等において積極的に暴力団を利用し暴力団の維持若しくは運営に協力している企業(警察庁) ※ サンプル条項では「暴力団関係団体」も追記しています。 |
総会屋等 | 「総会屋」:株式会社の株式を若干数保有し,株主としての権利行使を濫用することで会社等から不当に金品を収受,又は要求する者及び組織(Wikipedia) |
政治活動標榜ゴロ | 社会運動を仮装し,又は標榜して,不正な利益を求めて暴力的不法行為等を行うおそれがあり,市民生活の安全に脅威を与える者(警察庁) |
特殊知能暴力集団等 | 暴力団との関係を背景に,その威力を用い,又は暴力団と資金的なつながりを有し,構造的な不正の中核となっている集団(警察庁) (例)特殊詐欺グループ,闇金業者,仕手筋 |
第12条(反社会的勢力の排除)
1.当事者は,相手方に対し,次の各号のいずれにも該当しないことを表明し保証する。
⑴(省略)
⑵自ら並びにその親会社,子会社及び関連会社の取締役,監査役,執行役その他これらに準ずる者(以下,あわせて「役員等」という。)が反社会的勢力であること。
⑶(省略)
サンプル条項第1項第2号も,本指針の❶属性要件を受けてのものです。
「取締役,監査役,執行役その他これらに準ずる者」の「その他これらに準ずる者」については,いかなる名称を有するかを問わず,役員と実質的に同等の支配力を有する者は「その他これらに準ずる者」に当たります(警察庁)。
したがって,株主や出資者等であっても,役員と実質的に同等の支配力を企業に及ぼしているのであれば,「その他これらに準ずる者」に当たります。
また,契約当事者のほか,その親会社や子会社,関連会社の役員等に反社会的勢力がおれば,その者を通して,暴力団に資金等が流れるおそれがあるため,親会社や子会社,関連会社の役員等も対象に含めています。
Q. 従業員に反社会的勢力に該当する者がおれば,その者を通じて,暴力団に資金等が流れるおそれがある以上,従業員も条項に規定すべきではないか?
A. 確かに,従業員に反社会的勢力がおれば,その者を通じて,暴力団に資金等が流れるおそれがあるため,従業員もサンプル条項第1項第2号に付記すべきとも考えられます。
もっとも,会社によっては,何千人,何万人と大量の従業員を抱えているところもあり,従業員が反社会的勢力かどうか,反社会的勢力とつながりがあるかどうかといったことを完全に把握することが現実的に不可能な場合があります。
したがって,従業員を反社会的勢力該当性等の判断対象に規定する例は多くないようであり(滝琢磨=菅野邑斗「改正民法対応 はじめてでもわかる 売買契約書」(第一法規株式会社・2019年)144頁),会社の従業員数・人員の流動性,当該取引の規模・重要性等を考慮して,従業員も規定するかどうかを決することになるように思われます。
第12条(反社会的勢力の排除)
1.当事者は,相手方に対し,次の各号のいずれにも該当しないことを表明し保証する。
(中略)
⑶反社会的勢力と次の関係を有すること。
①反社会的勢力が経営を支配していると認められる関係
②反社会的勢力が経営に実質的に関与していると認められる関係
③自ら若しくは第三者の不正の利益を図る目的又は第三者に損害を加える目的をもって反社会的勢力を利用する関係
④反社会的勢力に対して資金等を提供し,若しくは便宜を供与するなど暴力団の維持,運営に協力し,又は関与する関係
⑤反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係
⑥その他前①から⑤までに準ずる関係
サンプル条項第1項第3号は,東京都暴力団排除条例§18Ⅰを踏まえてのものです。
すなわち,同項が「事業者は,その行う事業に係る契約が暴力団の活動を助長し,又は暴力団の運営に資することとなる疑いがあると認める場合には,当該事業に係る契約の相手方,代理又は媒介をする者その他の関係者が暴力団関係者でないことを確認するよう努めるものとする。」と定めていることから,サンプル条項第1項第3号は,契約当事者が反社会的勢力と何ら関係を有していないことを確認させることにしています。
第12条(反社会的勢力の排除)
1.当事者は,相手方に対し,次の各号のいずれにも該当しないことを表明し保証する。
(中略)
⑷反社会的勢力に対し,自らの名義を貸すこと。
これは,東京都暴力団排除条例§25Ⅱを踏まえたものです。
第25条(他人の名義利用の禁止等)
1 暴力団員は,自らが暴力団員である事実を隠蔽する目的で,他人の名義を利用してはならない。
2 何人も,暴力団員が前項の規定に違反することとなることの情を知って,暴力団員に対し,自己の名義を利用させてはならない。
第2項
2.当事者は,自ら又は役員等が,第三者を利用して次の各号のいずれの行為も行わないことを保証する。
⑴暴力的な要求行為
⑵法的な責任を超えた不当な要求行為
⑶取引に関して,脅迫的な言動又は暴力を用いる行為
⑷風説を流布し,若しくは偽計若しくは威力を用いて,相手方の信用を棄損し,又は相手方の業務を妨害する行為
⑸その他前各号に準ずる行為
サンプル条項第2項は,本指針の❷行為要件を受けてのものです。
信託協会や全国銀行協会,全国信用保証協会連合会,暴力団追放運動推進センター等のひな型を用いて作成しています。
第3項
3.当事者は,相手方が,前二項の規定に違反した場合,何らの催告を要せず,本契約及び個別契約を解除することができる。
サンプル条項第3項は,東京都暴力団排除条例§18Ⅱを受けて,定めています。
警察庁等のひな型をベースに作成しています。
第4項
4.前項の規定に基づき解除をした当事者は,相手方に対し,当該解除により生じた一切の損害(合理的な範囲の弁護士費用を含む。)の賠償を請求することができる。
サンプル条項第4項は,サンプル条項第3項に基づく解除を実効あらしめるため,解除者は相手方に対して損害賠償を請求することができることを確認的に定めています。
サンプル条項第1項や第2項に違反した場合に生じる損害の立証は困難であることが多いと思われるため,サンプル条項第4項において,違約金の金額を明記することも考えられますが(警察庁のひな型等は明記しています。),実務上,違約金の金額を明記する例は多くないそうです(滝琢磨=菅野邑斗「改正民法対応 はじめてでもわかる 売買契約書」(第一法規株式会社・2019年)145頁)。
第5項
5.第3項の規定に基づき解除をされた当事者は,相手方に対し,当該解除により生じた一切の損害の賠償を請求することができない。
サンプル条項第5項は,サンプル条項第3項に基づく解除を実効あらしめるために必要であるため,定めています。
なお,契約解除の事例ではありませんが,暴力団幹部らが発行する月刊誌の折り込み配達をする旨の契約をしていた新聞販売店が織り込み配達を拒否したことは,社会的に相当な行為であるため,不法行為の違法性が阻却されるとして損害賠償の責任がないとされた事例があります(千葉地判平成2年4月23日)。
サンプル条項第5項は,この裁判例に整合的といえるのではないでしょうか。
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