本稿では,次のサンプル条項を例に,不可抗力免責に関する条項の修正方法を検討します。
第11条(不可抗力免責)
天災,戦争,法令の変更,その他不可抗力事由が生じたことにより,本契約又は個別契約に基づく債務の全部若しくは一部を履行することができなかった場合,債務者は当該不履行について責任を負わない。
修正方法
売主による修正
民法§419Ⅲの反対解釈により,法律上,債務不履行が不可抗力による場合には,債務者は当該不履行につき責任を負わないと解されています。
不可抗力とは,事故を予期し得たか,また,自然力によるか人為によるかを問わず,外部から発生した事故で,売主が取引上あるいは社会通念上要求される手段を尽くしてもなお防止することが不可能なものをいいますが,法律上,不可抗力とは何か,また,いかなる事象が不可抗力に当たるかといったことは明らかにされていません。
そこで,売主としては,自己の債務が不可抗力によって不履行となった場合に免責を受けるために,なるべく広範かつ網羅的に不可抗力事由を規定し,免責され得る範囲を広くとっておきたいところです。
ただし,幅広く不可抗力事由を定めようとするあまり,曖昧不明確な不可抗力事由を定めてしまうと,裁判所に限定的に解釈されるおそれがあるため,不可抗力事由はできる限り具体的かつ明確に規定するようにしてください(神戸地判平成12年4月26日等)。
なお,不可抗力事由として規定することが考えられるものとして,例えば,以下のものが挙げられます。
自然災害 | 地震,洪水,津波,海難,台風,サイクロン,ハリケーン,地滑り,荒廃,落雷,火山噴火,山火事 |
人災 | 火災,爆発事故,放射能汚染,難破 |
社会的騒乱 | 革命,侵略行為,戦争,戦闘行為,デモ,テロ,内乱,封鎖,暴動 |
政治的騒乱 | 憲法・条約・法令・規則又は通達の制定・改廃,政府等による命令・処分・指導・拘束・拘禁・隔離又は輸出入の制限 |
経済的騒乱 | 国有化措置,為替市場の閉鎖 |
感染症,伝染病 | SARS,鳥インフルエンザ,COVID-19 |
労働争議 | サボタージュ,ストライキ,ロックアウト,ボイコット |
インフラ関係 | 資材・資源(ガス,石油,電力,水道)の不足,交通機関,輸送施設,港湾設備又は通信回線・設備の使用不能 |
再委託先の債務不履行 | 仕入先,製造業者,倉庫業者,輸送業者の債務不履行 |
Q. 不可抗力事由が発生しさえすれば,売主の目的物引渡債務の債務不履行による損害賠償債務は免責されるか。
A. 不可抗力事由と債務不履行との間に相当因果関係がなければ,売主は債務不履行による損害賠償債務を免れることはできません。
買主による修正
買主が支払期日に売主に代金を支払わなかったことを理由に,売主から損害賠償を請求された場合,買主はその不履行が不可抗力によるものだということを立証したとしても,基本的に免責が認められることはありません(民法§419Ⅲ)。
したがって,不可抗力免責条項は買主にとってはそこまで有難みのない条項かもしれません(代金支払債務以外の契約上の義務については免責の余地があります)。
そうすると,買主としては,売主が不可抗力免責条項を定めてきた場合に,不可抗力事由の範囲を限定したり,抽象的に定められた不可抗力事由を明確化することによって,なるべく売主の債務について不可抗力免責が認められる余地を狭めるように努めることになります。
また,不可抗力によって売主の債務が不履行になった場合に,迅速に事態に対処し,対策を練ることができるようにするために,サンプル①のような通知の条項を設けたり,あるいは,不可抗力事由が長期間継続するおそれがある場合には,サンプル②やサンプル③のような条項を設け,債務の履行を受けることができない状態を解消できるようにしておくことが考えられます。
【サンプル①】
1.天災,戦争,法令の変更,その他不可抗力事由が生じたことにより,本契約若しくは個別契約に定める債務の履行が不能若しくは困難になった場合又はそのおそれが生じた場合,債務者は速やかにその旨を債権者に通知する。
2.前項に定める事由により,本契約又は個別契約に基づく債務の全部若しくは一部を履行することができなかった場合,債務者は当該不履行について責任を負わない。
【サンプル②】
天災,戦争,法令の変更,その他不可抗力事由が生じたことにより,本契約又は個別契約に基づく債務の全部若しくは一部を履行することができなかった場合,債務者は当該不履行について責任を負わず,当事者は,何らの催告を要することなく,直ちに本契約及び個別契約を解除することができる。なお,当該解除に伴い,損害賠償債務その他一切の責任を負わない (民法第419条第3項に定める場合を除く。) 。
【サンプル③】
1.天災,戦争,法令の変更,その他不可抗力事由が生じたことにより,本契約又は個別契約に基づく債務の全部若しくは一部を履行することができなかった場合,債務者は当該不履行について責任を負わない。
2.当事者は,不可抗力事由が●日以上継続したときは,何らの催告を要することなく,直ちに本契約及び個別契約を解除することができる。なお,当該解除に伴い,損害賠償債務その他一切の責任を負わない (民法第419条第3項に定める場合を除く。) 。
なお,以下のページにある売買基本契約書のひな型(買主側)では,サンプル①の条項とサンプル②の条項とを合わせた条項を定めています。
● 参考文献
・滝川宜信「取引基本契約書の作成と審査の実務〔第6版〕」(民事法研究会・2019年)
・猿倉健司『新型ウイルス等による感染症・疫病と不可抗力免責条項の適用範囲および注意点』(2020/4/21)
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