合意管轄条項の定め方
「当事者は,第一審に限り,」書面又は電磁的記録による「合意により管轄裁判所を定めることができ」ます(民事訴訟法§11)。
本稿では,こうした合意管轄に関する条項の修正方法を検討します。
まず,個人的によく見かけるのは,次の2つの条項です。
契約書案提示側の所在地の管轄裁判所
まず,契約書案を提示した側が,その所在地を管轄する裁判所を専属的合意管轄裁判所に定めている条項。そりゃ,誰が好き好んで遠くの裁判所に行きたいですかっていう話ですよね。
【サンプル①】
第12条(合意管轄)
本契約又は本契約に関連して甲乙間に生じる一切の紛争は,●●地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
事件の性質ごとに細かく場合分けして,それぞれの専属的合意管轄裁判所を定めることもできます。
被告の所在地の管轄裁判所
こうして契約書案提示側が,その所在地を管轄する裁判所を専属的合意管轄裁判所に指定してきた場合に,両当事者の所在地が遠く離れているときに,「おい!そっちばっか楽してんじゃねぇ!」と言って,カウンターとして提示されることが多いのが次の条項。
【サンプル②】
第12条(合意管轄)
本契約又は本契約に関連して甲乙間に生じる一切の紛争は,被告の本社所在地を管轄する地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
被提示側が強引にその所在地を管轄する裁判所に変えてくる例も実際あったりしますが,そんな押し問答をしても埒が明かないのは明白なので,基本的に専属的合意管轄裁判所を「被告の本社所在地を管轄する地方裁判所」に修正されて戻ってきます。
これは,訴え提起等して,相手をそれに付き合わせるのであれば,訴え提起等した方が出向くのが筋だろうっていう理屈です。
専属的合意管轄条項の削除
その他にも,サンプル①の条項を提示してきたのに対し,「この話は無しじゃ!」と言って,ちゃぶ台返しして,サンプル①の条項を削除して,管轄裁判所の決定は法律に委ねることも考えられます。
付加的合意管轄
もうちょっと平穏な手段として,「専属的」という文言だけを削除したり,「専属的」を「付加的」に変更して,当事者で合意した裁判所だけでなく,法律上管轄が認められる裁判所にも管轄を認めるようにすることも考えられます。
【サンプル③】
第12条(合意管轄)
本契約又は本契約に関連して甲乙間に生じる一切の紛争は,●●地方裁判所を第一審の合意管轄裁判所とする。
「専属的」という文言が記載されていない合意管轄条項について,当該条項を専属的合意管轄の条項とみるか,付加的合意管轄の条項とみるかが争われた事件で,付加的合意管轄とみる旨判断した裁判例があります(東京高決昭和58年1月19日,大阪高決平成2年2月21日)。
【サンプル④】
第12条(合意管轄)
本契約又は本契約に関連して甲乙間に生じる一切の紛争は,●●地方裁判所を第一審の付加的合意管轄裁判所とする。
「一切の裁判」等と定められている場合の問題点
たまに「本契約又は本契約に関連して甲乙間に生じる一切の紛争は,~」ではなく,「本契約又は本契約に関連して甲乙間に生じる一切の裁判は,~」や「本契約又は本契約に関連して甲乙間に生じる一切の訴訟は,~」と定められている条項に出くわすことがあります。
このように定めた場合,合意管轄条項があくまで訴訟手続の管轄裁判所に限定したものと解され,調停手続等の訴訟手続以外の手続については定めていないと解される可能性があります(大阪地決平成29年9月29日)。
したがって,合意管轄条項において,訴訟手続以外の手続についても,合意管轄裁判所を定めることを意図しているのであれば,「一切の裁判」や「一切の訴訟」などとなっていないかを確認する必要があります。
その他の修正
簡易裁判所
その他に,簡易・迅速な審理を望むのであれば,管轄裁判所を簡易裁判所とすることも考えられます。
【サンプル⑤】
第12条(合意管轄)
本契約又は本契約に関連して甲乙間に生じる一切の紛争は,●●簡易裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
仲裁
また,次のような仲裁合意を定めることも考えられます。
【サンプル⑥】
第12条(仲裁合意)
本契約又は本契約に関連して甲乙間に生じる一切の紛争は,日本商事仲裁協会の商事仲裁規則に従って,(地名)において仲裁により解決される。
仲裁には,(a)和解可能な民事上の紛争にのみ利用可能,(b)結果予測の困難性,(c)仲裁判断の強制力の不存在,(d)一審限りの手続等のデメリットは存在しますが,(ⅰ)当事者が選定した専門家による判断,(ⅱ)具体的事案に即した妥当な解決,(ⅲ)迅速性,(ⅳ)手続の非公開性,(ⅴ)国際性等のメリットもあります。
なお,我が国の代表的な仲裁機関として,次のようなものがあります。
世界の仲裁機関については,以下のサイトをご覧ください。
合意管轄条項を定めることができない場合
最後に,以上,合意管轄について説明してきましたが,次の場合には,強い公共的理由から,合意管轄条項を定めても,管轄裁判所を変更することができないので,注意してください。
● 参考文献
・滝琢磨=菅野邑斗「改正民法対応 はじめてでもわかる 売買契約書」(第一法規株式会社・2019年)
・滝川宜信「取引基本契約書の作成と審査の実務〔第6版〕」(民事法研究会・2019年)
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